第45話 梅雨の湿気と激辛の古代遺跡
シトシト、ジメジメ……。
エデンの空は、厚い雨雲に覆われていた。
連日の雨。そして、まとわりつくような湿気。
カビが生えそうなこの気候は、エデンの住人たちから生気を奪っていた。
「……ダルい」
「……髪がうねりますわ」
「……手裏剣が錆びそうだ」
リビングには、死屍累々(ししるいるい)の山が築かれていた。
ソファで溶けている国王オスワルド。
湿気で髪が爆発し、不機嫌な聖女エレノア。
そして、天井の隅でカビのようにジッとしている忍者ジン。
アルリックもまた、フローリングの床に寝転がっていた。
「……除湿魔法をかけても、外に出た瞬間にこれだもんなぁ」
気圧の低下と湿気。
これを吹き飛ばすには、体の内側から燃え上がらせるしかない。
そう、発汗作用と新陳代謝を爆発させる「あの料理」だ。
「……カレーだ」
アルリックは起き上がった。
「カレー? なんだそれは?」
床で筋トレをしていたレオナルド(彼だけは元気だ)が反応する。
「数種類のスパイスを調合して煮込んだ、黄金のシチューさ。……食べれば汗が吹き出し、体がシャキッとする魔法の料理だよ」
「おおっ! それはいいな! 肉か? 肉が入るのか?」
「もちろん。……でも、肝心の『スパイス』が足りないんだ」
クミン、ターメリック、コリアンダー、そして唐辛子。
エルフの農園にはハーブはあるが、この刺激的な「辛味成分」を持つ植物だけが見つかっていない。
その時。
床下からひょっこりと、ブランが顔を出した。
口に何か、真っ赤な実をくわえている。
「キュウ!」
「……ん? ブラン、それどこで拾ってきたの?」
アルリックがその赤い実を受け取ると、指先がピリッと痺れた。
強烈なカプサイシンの反応。
間違いなく、激辛の『唐辛子』だ。
「これだ! ……どこにあった?」
ブランは得意げに、床下のさらに奥、地下室の方を指差した。
***
アルリック、レオナルド、そしてカエデとジンの「和風コンビ」を加えた探索隊は、屋敷の地下倉庫のさらに奥へと進んだ。
そこには、今まで気づかなかった隠し通路があった。
ブランが掘り当てたらしい。
「……妙だな。地下なのに、空気が乾燥している」
カエデが刀の柄に手をかける。
階段を降りるにつれ、湿気は消え、代わりに熱気が漂ってきた。
そして、突き当たりにある巨大な石の扉を開けると――。
「……な、なんだここは!?」
全員が息を呑んだ。
そこには、広大な地下空間が広がっていた。
天井には太陽の代わりとなる『発光魔石』が輝き、地面は地熱で温められている。
まるで巨大な温室だ。
そして、そこに生い茂っているのは、見たこともない植物たち。
黄金色の根を持つ草。
刺激的な香りを放つ実。
そして、燃えるように赤い唐辛子の森。
「……古代文明の『薬草保存庫』か」
アルリックは分析した。
かつてこの地を支配していた古代人が、貴重なスパイスや薬草を絶やさないために作った、全自動栽培プラントだ。
「お宝だ! 全部カレーの材料だぞ!」
アルリックが駆け寄ろうとした、その時。
ゴゴゴゴゴ……!
唐辛子の森が揺れ、地面から巨大な影が現れた。
全身が燃えるような赤土で作られた、守護ゴーレムだ。
その手には、灼熱のマグマを纏った剣が握られている。
「……侵入者ハイジョ。……スパイスヲ守レ」
「出たな、守護者! ……だが、今の俺たちは『空腹』と『湿気』でイラついているんだ!」
レオナルドが大剣を構えた。
カエデも抜刀し、ジンがクナイを構える。
「行くぞ! 今夜のカレーのために!」
「「「オオオオッ!!」」」
戦闘は一方的だった。
レオナルドが豪腕でゴーレムの盾を砕き、カエデが関節を切り裂き、ジンが視界を奪う。
そしてトドメは、アルリックの水魔法。
「――高圧洗浄! ……冷却!」
ジュワァァァッ!!
熱々のゴーレムに冷水を浴びせ、熱衝撃で粉砕する。
エデン最強の食いしん坊部隊に、古代の防衛システムは敵ではなかった。
***
数時間後。
エデンのキッチンから、とてつもなく「危険な香り」が漂い始めた。
グツグツ、コトコト……。
大鍋の中で煮込まれているのは、地下で収穫した大量のスパイスを調合した特製カレールー。
具材は、角切りのバイソン肉、ジャガイモ、ニンジン、そして大量の玉ねぎ(飴色になるまで炒めた)。
クミンとコリアンダーのエキゾチックな香り。
そして、唐辛子の突き抜けるような刺激臭。
「……な、なんという匂いだ……!」
「鼻が……鼻がムズムズしますわ……!」
リビングの死体(国王たち)が、ゾンビのように起き上がった。
匂いだけで覚醒効果がある。
「お待たせ。……特製『エデン激辛ビーフカレー』だよ」
アルリックが皿に盛る。
白く輝くご飯(カエデの田んぼの新米)の上に、ドロリとした褐色のソースがかかる。
湯気と共に立ち上る、スパイシーな香気。
「……い、いただきます!」
全員がスプーンを突っ込んだ。
パクッ。
「――――ッッ!!?」
ドカン!!
口の中で爆発が起きた。
「か、辛ぁぁぁぁぁいッ!!」
レオナルドが火を噴いた。
だが、その直後。
「……でも、美味いッ! 止まらんッ!」
辛さの奥から、野菜の甘みと肉の旨味が津波のように押し寄せる。
そして、複雑なスパイスの香りが脳を刺激する。
「はふっ、はふっ! ……汗が! 汗が止まりませんわ!」
エレノアの白い額から、玉のような汗が吹き出す。
国王も、カエデも、ジンも、全員が上着を脱ぎ捨て、汗だくになってカレーをかっこんでいる。
「……ふぅ。……体が軽い」
完食した後、ジンが呟いた。
あれほど重かった体が、嘘のように軽い。
体内の余分な水分と老廃物が、汗と共に全て排出されたのだ。
爽快感。
まるでサウナに入った後のような「整った」状態。
「これがスパイスの力か……。恐るべし、アルリック殿」
カエデが感服する。
「おかわり! 今度は『カツ』を乗せてくれ!」
「わしは生卵を落としてくれ!」
梅雨の湿気はどこへやら。
エデンの食卓は、サウナのような熱気に包まれていた。
こうして、地下遺跡は「古代スパイス農園」として再利用されることになった。
だが、この地下空間には、まだ開かれていない「もう一つの扉」があったことを、アルリックたちはまだ知らない。
次回、カレーの翌日といえば?
そう、「カレーうどん」と、遺跡の奥に眠っていた「謎の壁画」が、エデンの歴史を揺るがす……!?




