第44話 甘党の忍者とクリームあんみつ
カツオのタタキで宴会をした翌日の午後。
エデンの屋敷は、穏やかな昼下がりの空気に包まれていた。
縁側では、国王オスワルド3世とカエデが将棋(に似た東国の盤遊戯)を指し、その横でエレノアがブランのブラッシングをしている。
あまりにも平和な光景だ。
「……むう。詰んだか」
国王が悔しそうに唸る。
カエデは涼しい顔で茶を啜った。
「甘いですな、御隠居様。……まるで、アルリック殿の作る『お菓子』のように」
その時だった。
アルリックがキッチンで小豆を煮ていると、彼の『索敵結界』が微かな違和感を捉えた。
(……ん? 気配がない?)
誰もいないはずの天井裏。
そこに、「空気」と完全に同化した何かが張り付いている。
音も、匂いも、魔力すら消している。
だが、煮えた小豆の甘い香りが漂った瞬間、ほんの僅かに心拍数が上がったのを、アルリックは見逃さなかった。
「……そこにいるのは誰ですか?」
アルリックが天井に向かって声をかける。
カエデがバッと刀に手をかけ、国王が素早くエレノアを庇う。
シーン……。
静寂が流れる。
だが次の瞬間、天井の板が音もなく外れ、黒い影が舞い降りた。
スタッ。
着地音ゼロ。
現れたのは、顔の下半分を布で覆い、漆黒の装束に身を包んだ男だった。
背中には忍者刀。腰にはクナイ。
その目は、凍てつくように冷たい。
「……よくぞ気づいた。気配は完全に消していたはずだが」
男の声は低く、感情がない。
「ジンか!?」
カエデが驚きの声を上げた。
「……カエデ殿か。任務ご苦労」
「なぜ貴様がここにいる! まさか、我が国の『御庭番衆』筆頭が、直々にアルリック殿の暗殺にか!?」
カエデが刀を抜く。
御庭番衆。それは東の国の裏仕事を一手に引き受ける、最強の暗殺部隊だ。そのトップがいるとなれば、ただ事ではない。
「……暗殺ではない」
ジンと呼ばれた忍者は、懐から一枚の書状を取り出した。
「我が主君よりの密命だ。『西の果てに、人を狂わせるほどの甘味あり。その秘法を持ち帰れ』とな」
「……は?」
カエデがずっこけた。
忍者は真顔で続けた。
「拙者は甘いものが好きだ。……任務にかこつけて、伝説のスイーツを食べに来た」
「堂々と言うな!」
***
アルリックは呆れつつも、この危険な客をもてなすことにした。
甘党の忍者。
ならば、これしかない。
用意したのは、カエデが持ってきた「テングサ(海藻)」から作った透明な寒天。
じっくり炊き上げた粒あん。
そして、白玉粉(もち米の粉)で作ったモチモチの白玉団子。
彩りに、エルフの森で採れたイチゴとミカン。
「……器に寒天を敷き詰めて、フルーツと白玉を乗せる」
キラキラと輝く寒天のキューブ。
赤とオレンジのフルーツ。
真っ白な白玉。
そして、真ん中にどっさりと「あんこ」を乗せる。
さらに。
アルリックは冷凍庫から「アレ」を取り出した。
「仕上げに、濃厚な『バニラアイス』をトッピング」
ドン。
和と洋の最強コラボレーション。
最後に、とろ〜りとした『黒蜜(黒砂糖のシロップ)』を回しかける。
「完成。……特製『白玉クリームあんみつ』です」
***
出された器を見て、冷徹な忍者の目が揺らいだ。
「……なんだ、この宝石箱は」
黒い装束の男が、可愛らしいスイーツと対峙するシュールな光景。
ジンは震える手でスプーンを手に取った。
まずは、黒蜜のかかった寒天とあんこを一緒に。
パクッ。
「…………ッ!!」
コリッ、とした寒天の小気味よい食感。
その直後に広がる、黒蜜の濃厚な甘さと、あんこの素朴な風味。
「……甘露。……これは、甘露だ」
次に、溶けかけたバニラアイスと白玉を口へ。
もちっ、とろ〜り。
「んんっ……!!」
ジンがのけぞった。
冷たいアイスのミルク感が、和風の甘さを優しく包み込む。
温かいお茶との相性も抜群だ。
「……任務完了」
ジンはマスクをずらし、恍惚の表情で呟いた。
「拙者の負けだ。……こんな美味いものが、世の中にあるとは」
「じゃあ、国へ帰って報告するんですか?」
アルリックが尋ねると、ジンは首を横に振った。
「いや。……持ち帰るには、アイスが溶けてしまう。それに、寒天の鮮度が落ちる」
彼は真剣な眼差しで、残りのあんみつをかき込んだ。
「よって、拙者がここに残り、この味を極めるまで調査を続けることにする。……カエデ殿、異存はないな?」
「……貴様、ただサボりたいだけではないか?」
カエデが呆れるが、ジンはすでに国王の隣に座り込み、二杯目をおかわりしていた。
「……御隠居様。将棋の相手なら、拙者が務めましょう」
「おお、気が利くのう。……じゃあ、賭け(ベット)は『あんみつ』でどうじゃ?」
こうして、エデンの屋敷には、
・国王(隠居中)
・聖女(亡命)
・侍(食修行中)
・忍者(甘味調査中)
という、国際指名手配級のメンバーが勢揃いすることになった。
最強の布陣である。
もはや、どの国が攻めてきても、お茶を飲んでいる間に撃退されるだろう。
だが、季節は巡る。
春が過ぎれば、梅雨が来る。
ジメジメとした季節を吹き飛ばすため、アルリックは「スパイス」を求めて新たな冒険に出る。
次回、激辛カレーと、エデンの地下に眠る「古代遺跡」の謎に迫る!?




