第43話 世界樹のまな板とカツオの塩たたき
翌朝。
アルリックがキッチンの惨状を見て頭を抱えていた。
「……あーあ。石の調理台まで真っ二つだ」
昨日、カエデが試し切りをした場所だ。
『魔刀・柳』の切れ味は凄まじく、まな板どころか、その下にあった厚さ10センチの花崗岩の調理台まで、豆腐のようにスライスされていたのだ。
「申し訳ない……。拙者の未熟ゆえ、刃の威力を制御しきれなかった……」
カエデが正座して深く反省している。
「いや、カエデさんのせいじゃないよ。道具が凄すぎたんだ。……これじゃあ、料理をするたびに家が解体されちゃうな」
普通の木材では耐えられない。
ミスリルやオリハルコンのまな板というのも味気ないし、包丁の刃を傷めてしまう。
刃当たりが柔らかく、かつ絶対に切断されない「木」が必要だ。
「……アルリック様。それなら心当たりがありますわ」
エルフのフィオナが、遠慮がちに手を挙げた。
「森の最奥にある『世界樹』……その枝なら、あるいは」
***
一行は、エルフの森の深部へと足を踏み入れた。
そこは、濃密な魔素が漂う神聖な領域だった。
「……でかいな」
レオナルドが見上げた先には、雲を突き抜けるほどの巨木がそびえ立っていた。
幹の太さは城壁ほどもあり、その葉の一枚一枚が輝いている。
数千年の時を生きる、森の守護神だ。
「……フィオナよ。久しぶりじゃな」
頭の中に直接響くような、重厚な声がした。
世界樹の意思だ。
「お久しぶりです、長老様。……実は、あの方(アルリック様)が、貴方様の枝を欲しておられまして」
「ふむ。……あの『温泉』と『美味い飯』を作った人間か。……良いだろう」
世界樹は意外にも話が早かった。
どうやら、根っこを通じてエデンの土壌改良(肥料)の恩恵を受けており、アルリックには好意的らしい。
バキッ……ズズズン!!
遥か上空から、一本の太い枝が落下してきた。
枝といっても、丸太ほどの太さがある。
「持っていくがよい。……わしの体の一部じゃ、生半可な刃では傷つかんぞ」
「ありがとうございます!」
***
持ち帰った世界樹の枝は、ガリン親方の手によって加工された。
普通のノコギリでは歯が立たなかったため、アルリックが風魔法の超高圧カッターで切断し、ガリンがミスリルのカンナで表面を滑らかに仕上げた。
「……完成だ。特製『世界樹のまな板』」
出来上がったのは、美しい年輪が刻まれた、琥珀色の一枚板。
近づくだけで、森の清涼な香り(フィトンチッド)が漂ってくる。
しかも、この木には「自己修復能力」があり、多少の傷なら数秒で塞がってしまうというオマケ付きだ。
「よし。……カエデさん、試してみて」
アルリックが促すと、カエデは『魔刀・柳』を構えた。
まな板の上には、薬味用のネギが置かれている。
トントントントントン……。
「……!」
軽快な音が響いた。
刃がまな板に当たった瞬間、吸い付くような感触があり、その衝撃を優しく受け止めてくれる。
石を切った時のような「硬さ」はない。
なのに、まな板には傷一つついていない。
「……素晴らしい。刃が喜んでいる」
カエデが恍惚の表情を浮かべる。
ネギは繊維を潰されることなく、極薄の輪切りになっていた。
「じゃあ、本番といこうか」
アルリックが取り出したのは、春の魚のもう一つの主役。
赤身が美しい『初ガツオ(に似た回遊魚)』だ。
皮目を直火で炙り、香ばしい焼き目をつける。
「……『カツオの塩たたき』だ」
醤油は残り少ないので温存だ。
今回は、高知(アルリックの前世の知識)流に、塩と柑橘で食べる。
サクッ……。
カエデが刃を入れる。
表面はカリッと香ばしく、中はねっとりと赤いレア。
厚めに切ったカツオを、世界樹のまな板の上に並べる。
その上に、先ほど刻んだネギ、薄切りのニンニク、ミョウガをたっぷりと乗せる。
仕上げに、岩塩を振りかけ、カボス(柑橘)をギュッと絞る。
そして、手のひらでパンパン! と叩いて味を馴染ませる。
「完成!」
***
「「「いただきます!!」」」
縁側に並んだ一同(アルリック、カエデ、レオナルド、国王、エレノア)が箸を伸ばす。
一切れ掴み、薬味と一緒に口へ放り込む。
モグッ。
「…………んんっ!!」
全員がのけぞった。
「……香ばしい! 皮目の焦げた匂いが鼻に抜ける!」
「中は冷たくて、モチモチですわ! 赤身の鉄分と、酸味が最高に合います!」
醤油がないことが、逆に功を奏していた。
塩が魚の甘みを極限まで引き出し、柑橘の酸味が脂をさっぱりと洗い流す。
そして、ニンニクのパンチ。
「くぅ〜ッ! これは酒だ! 辛口の酒を持ってこい!」
国王が叫ぶ。
昼間から宴会確定だ。
「……このまな板、良いな」
アルリックは、調理後のまな板を見つめた。
魚の匂いも、ニンニクの匂いも残っていない。
世界樹の浄化作用(抗菌効果)で、常に清潔に保たれているのだ。
「これなら、どんな料理でも作れる」
最強の包丁と、最強のまな板。
エデンのキッチンは、もはや王宮の厨房をも凌駕する「聖域」となっていた。
そんな平和な春の日。
カエデがふと、箸を止めて空を見上げた。
「……そういえば、アルリック殿。拙者の国から、もう一人『追っ手』が来ているかもしれん」
「え? まだいるの?」
「うむ。……拙者とは違い、あやつは『食』ではなく『菓子』に目がない男だ。……用心したほうがいい」
新たな来訪者の予感。
エデンの春は、まだまだ賑やかになりそうだ。
次回、和風スイーツ「あんみつ」と、甘党の忍者(?)が登場する。




