第41話 鋼鉄のタケノコと侍の居合
桜の宴から数日後。
エデンの朝は、鋭い剣戟の音で始まった。
シュッ! キィン!
庭の一角で、カエデが朝の鍛錬をしている。
彼女が振るうのは、東の国特有の湾曲した片刃の剣――『日本刀』だ。
その太刀筋は美しく、舞うように鋭い。
「……精が出ますね、カエデさん」
アルリックが声をかけると、彼女は刀を鞘に納め、一礼した。
チャキッ。
「アルリック殿か。……朝の空気は澄んでいて良い。それに、ここの米は美味いが、やはり『おかず』に歯ごたえが欲しいと思ってな」
「歯ごたえ?」
「うむ。春といえば、拙者の国では『竹の子』を食すのが習わし。……あのシャキシャキとした食感と、土の香りが恋しい」
カエデは遠い目をした。
タケノコ。
確かに、春の味覚の王様だ。
アルリックはポンと手を叩いた。
「ありますよ。……ちょうど裏山のエルフの森に、竹林エリアを作ったんです」
「な、なんと!? 竹があるのか!」
「ええ。でも、ちょっと『硬い』んですけどね……」
***
二人が向かった竹林は、静寂に包まれていた。
青々とした竹が天高く伸び、風に揺れてサラサラと音を立てている。
そして、その足元には――。
「……あった! あれぞまさしくタケノコ!」
カエデが指差した先。
地面から、茶色い皮に包まれた円錐形の頭がひょっこりと顔を出している。
「よし、拙者が掘ろう!」
カエデは持参した鍬を振り上げた。
目にも止まらぬ速さで振り下ろす。
ガギィィィンッ!!
「……ぬ!?」
甲高い金属音が響き、鍬の刃が欠けた。
タケノコは無傷だ。
「……説明不足でした。あれは『アイアン・バンブー(鋼鉄竹)』の幼体なんです」
アルリックが苦笑いした。
魔力を帯びたこの竹は、金属並みの硬度を持つ。
成長すれば建材として優秀だが、タケノコのうちは「食える鉱石」のようなものだ。
「こ、こんなものが食えるかッ! 歯が折れるわ!」
「大丈夫。……皮を剥いて、米ぬかでアク抜きして煮込めば、柔らかくなりますよ。問題は『収穫』なんですけど」
普通の斧や鍬では歯が立たない。
レオナルドの剛剣なら叩き割れるだろうが、それだと身が潰れてしまう。
繊細かつ、鋼鉄を断つ切れ味が必要なのだ。
「……なるほど。ならば、拙者の出番というわけか」
カエデはニヤリと笑い、腰の刀に手をかけた。
「東洋の剣術『居合』は、一瞬の斬撃に全てを込める。……鋼鉄だろうと、繊維の目に沿って刃を入れれば!」
彼女は腰を落とし、呼吸を整えた。
静寂。
竹の葉が擦れる音だけが響く。
「……シッ!!」
神速の抜刀。
銀色の閃光が走り、タケノコの根元を水平に薙いだ。
スパァァァン!!
美しい切断面を見せて、タケノコがふわりと宙に浮いた。
身を潰すことなく、一刀両断。
「……お見事」
「ふう。……良い手応えだ。これなら何本でもいけるぞ!」
カエデの侍魂に火がついた。
次々と発見されるタケノコを、彼女は次々と居合で収穫していく。
ブランも手伝って、鼻で「ここ掘れワンワン」ならぬ「ここ斬れキュウキュウ」と合図を送る。
***
夕暮れ時。
屋敷のキッチンには、茹で上がったタケノコの甘い香りが漂っていた。
米ぬかでじっくり煮込み、アクを抜いたアイアン・バンブーの身は、象牙色に輝く柔らかい宝石へと変わっていた。
「……さて、どう料理しようか」
「アルリック殿。……これを」
カエデがおそるおそる懐から取り出したのは、小さな陶器の小瓶だった。
「これは……?」
「拙者の国から持参した、最後の『醤油』だ。……これを使えば、最高の『タケノコご飯』ができるはず」
黒い液体。
蓋を開けた瞬間、香ばしく、どこか懐かしい発酵の香りが鼻をくすぐった。
「……貴重なものをいいんですか?」
「美味い飯のためなら、惜しくはない!」
カエデの決意は固い。
アルリックは頷き、土鍋を用意した。
研いだ米に、薄くスライスしたタケノコ、油揚げ。
そして、出汁と酒、最後にカエデの『醤油』を垂らす。
コトコト、コトコト……。
土鍋が歌う。
蒸気穴から吹き出す湯気には、醤油の焦げる香りと、タケノコの土の香りが混ざり合っていた。
「……炊けたよ」
パカッ。
蓋を開けた瞬間、黄金色の光景が広がった。
ツヤツヤのお米。
たっぷり入ったタケノコ。
そして、醤油の香ばしい匂い。
「……おおぉぉ……! これぞ、故郷の春……!」
カエデが感極まって涙ぐむ。
茶碗によそい、一口。
ハフッ。
「――――ッ!!」
シャキッ!
タケノコの小気味よい歯ごたえ。
噛むほどに溢れる出汁と、醤油の旨味。
それが、ふっくらとしたご飯と一体になって口の中で踊る。
「う、美味いッ! シャキシャキだ! 鋼鉄だったとは思えん!」
「この黒い調味料……『醤油』と言ったか? なんという深みのある味じゃ……!」
レオナルドも国王も、おかわりが止まらない。
タケノコの煮物(若竹煮)も添えられ、食卓は一気に和食料亭と化した。
「……満足じゃ」
カエデは空になった茶碗を置き、深く息を吐いた。
だが、その顔には新たな決意が宿っていた。
「アルリック殿。……醤油が切れた」
「うん、そうだね」
「作らねばならん。……このエデンの地で、あの大豆と小麦を使って、一から醸造するしかあるまい!」
彼女は立ち上がった。
タケノコご飯を食べたことで、侍の本当の目的(醤油作り)が覚醒してしまったようだ。
「……協力するよ。一年くらいかかるけどね」
こうして、エデンに新たなプロジェクト「醤油・味噌醸造計画」が発足した。
だが、その前に。
カエデの愛刀を見たドワーフのガリン親方が、「その曲がった剣を見せろ! どうやって打ったんじゃ!」と興奮して絡んでくるという、職人同士の熱い夜が待っていた。
エデンの春は、食欲と技術革新の予感に満ちていた。
次回、カエデとガリンの合作による「最強の包丁」が誕生する!?




