第40話 満開の桜と東の女侍
エデンに、遅い春がやってきた。
雪解け水が小川となって流れ、荒野だった大地からは、エルフたちが植えた草花が芽吹き始めている。
「……春だね」
アルリックは、縁側でぽかぽかとした陽気を浴びていた。
隣には、相変わらずコタツ(布団は外したが)の魔力から抜け出せない国王オスワルド3世と、膝の上で丸くなるブランがいる。
「うむ。良い陽気じゃ。……しかし、何かが足りんのう」
国王が茶を啜りながら呟いた。
「酒はある。肴もある。だが、こう……『風流』な景色が欲しいところじゃ」
「そうですね。……春には、やっぱり『桜』がないと」
アルリックは立ち上がった。
前世の記憶にある、淡いピンク色のトンネル。
散り際こそが美しい、あのはかない花。
「……作りましょうか。お花見会場を」
***
エデンのメインストリート。
その両脇に、アルリックは苗木を植えていった。
エルフのフィオナが見つけてきた『春告げの木(桜に似たバラ科の植物)』だ。
「――開花。……満開の時を刻め」
アルリックの魔力が、春の暖かな風に乗って苗木に染み渡る。
ボッ、ボッ、ボッ……!
次々と蕾が膨らみ、弾けるように花開いていく。
あっという間に、エデンの通りは薄紅色のアーチで覆われた。
風が吹くと、花びらが雪のように舞い散る。
「おおぉ……! これは見事じゃ!」
「綺麗ですわ……! まるでピンク色の雲の下にいるみたい!」
国王とエレノア、そして住民たちが歓声を上げて集まってくる。
これぞ、日本のDNAが求める春の絶景。
「花より団子、とは言うけどね。……準備はいい?」
アルリックが用意したのは、花見には欠かせない『三色団子』と『桜餅』だ。
ピンク、白、緑の可愛らしい団子。
そして、塩漬けにした桜の葉で包んだ、餡子入りの餅。
この「餡子」を作るための小豆は、以前から栽培を試みていたものがようやく収穫できたのだ。
「さあ、宴の始まりだ!」
ござを敷き、酒を酌み交わし、団子を頬張る。
エデンは一気に祝祭の空気に包まれた。
だが。
その楽しい宴の席に、鋭い殺気を纏った一人の旅人が現れた。
ジャリ……ジャリ……。
草鞋を踏みしめる音。
現れたのは、黒髪をポニーテールに結い、着流しに二本の刀を差した、凛とした女性だった。
東洋の顔立ち。
その瞳は、獲物を狙う鷹のように鋭い。
「……見つけたぞ」
彼女は、桜並木の下で団子を食べているアルリックたちの前で足を止めた。
そして、腰の刀に手をかけることなく、静かに問うた。
「ここが『エデン』か。……そして、其方が噂の主、アルリックだな?」
「そうだけど……君は?」
アルリックが団子を咥えたまま答える。
女性は一礼した。
「拙者は、遥か東の島国『ヤオヨロズ』より参った。名はカエデと申す」
「ヤオヨロズ? 東の国から?」
ザワつく周囲をよそに、カエデはアルリックを睨みつけた。
「単刀直入に聞く。……貴様、我が国の『神』を盗んだな?」
「はい?」
アルリックは首を傾げた。
身に覚えがない。
「とぼけるな! 我が国では、ここ数年、不作が続いておる。……聞けば、この西の果てに『稲作』を成功させ、極上の『米』を作り出している者がいると!」
カエデは一歩踏み出した。
「米は、我が国の魂! それを異国の地で、しかもこれほどの品質で育てるとは……貴様、我が国の『稲荷神』を誘拐し、ここに幽閉しているに違いない! 神を返してもらおう!」
「い、いやいや。誘拐なんてしてないよ。……ただの品種改良と土壌改革で……」
「問答無用! ……その嘘、拙者の剣で切り伏せる!」
カエデが刀を抜きかけた、その時。
「キュ?」
団子の甘い匂いに釣られて、ブラン(白い魔獣)がカエデの足元にひょっこりと顔を出した。
口の周りには、餡子がべっとりとついている。
「…………ッ!!」
カエデの動きが凍りついた。
彼女はブランを凝視し、そして震える声で叫んだ。
「お、おキツネ様ァァァッ!?」
「え?」
「白い毛並み! 神々しいオーラ! そしてその愛らしいお姿! ……間違いありませぬ、貴方様こそ、行方不明になっていた稲荷神の使い……いや、ご本体であらせられますか!?」
カエデはその場に土下座した。
見事な平伏だ。
「ははぁーッ! こんな所におられたとは! しかも、口に『小豆(魔除けの象徴)』をつけて……!」
「キュウ!」
ブランはよく分からないが、とりあえず褒められていると感じて、カエデの頭に前足をポンと置いた。
「ああっ! おキツネ様からの加護(肉球スタンプ)がッ!」
カエデは感涙にむせび泣いている。
完全に誤解だ。ブランはイタチ(オコジョ)だ。キツネではない。
だが、東の国の文化では、白い獣は神聖視される傾向があるらしい。
「……あの、カエデさん? とりあえず、座って団子でもどう?」
アルリックが皿を差し出すと、カエデは顔を上げた。
厳格な武人の顔が、団子の前で少し緩む。
「……い、いや、拙者は任務中……。し、しかし、おキツネ様が食しておられる供物を、無下にするわけには……」
彼女は葛藤の末、三色団子を一本手に取った。
パクッ。
「…………!」
もっちりとした食感。
広がる米の甘み。
そして、中の餡子の上品な甘さ。
「……う、美味い……!」
カエデの瞳孔が開いた。
「我が国の団子より……柔らかく、洗練されている……! これが、エデンの米の力なのか……!?」
「桜餅もあるよ。……葉っぱごと食べてね」
次に桜餅。
塩漬けの葉の塩気が、餡子の甘さを引き立てる「甘じょっぱい」ハーモニー。
「こ、これは……桜の香りを食べるというのか……! なんと風流な……!」
カエデは陥落した。
彼女は団子を頬張りながら、ブランを崇めるように撫で回し始めた。
「……認めよう、アルリック殿。貴様は神を盗んだのではない。……神に愛されるほどの『飯』を作る男なのだな」
「まあ、そんなところかな」
こうして、東の国からの刺客(?)カエデもまた、エデンの食文化とブランの可愛さに敗北し、仲間に加わることになった。
彼女が持っていた「醤油」と「味噌」の醸造技術、そして「日本刀」の鍛治技術が、エデンに新たな革命をもたらすのは、もう少し先の話。
桜吹雪の中、異世界のサムライガールは、口いっぱいに団子を詰め込みながら、幸せそうに花を眺めていた。
エデンの春は、こうして賑やかに幕を開けたのである。




