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魔法の解像度を上げたら、世界が快適になりすぎた  作者: 茗子


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第39話 雪見酒と王太子の末路

 翌朝のエデンは、白銀の世界に包まれていた。

 しんしんと降り積もる雪。

 だが、その冷気さえも、アルリックの屋敷では最高の演出スパイスとなっていた。

 ヒノキの香りが漂う露天風呂。

 湯気の中に、頭に手ぬぐいを乗せた老人が一人、首まで浸かっていた。

 国王、オスワルド3世である。

「……極楽じゃ」

 彼は深く息を吐いた。

 目の前には、雪化粧をした美しい庭園。

 身体は芯まで温まり、冷たい外気が心地よい。

「陛下。……失礼します」

 そこへ、アルリックがお盆を持って入ってきた。

 お盆には、熱燗あつかん徳利とっくりと、猪口ちょこ。そして、炙ったスルメとエイヒレが乗っている。

「……なんと。朝から酒か?」

「『雪見酒ゆきみザケ』ですよ。……風呂に浮かべて飲むのが風流なんです」

 アルリックは、木製のお盆をそっと湯船に浮かべた。

 ぷかぷか。

 湯気の中で揺れる酒と肴。

「……くっくっく。罪深い。あまりにも罪深いぞ、アルリックよ」

 国王は悪戯っぽく笑い、猪口をあおった。

 熱い酒が喉を通り、雪の冷たさと混ざり合う。

 王城での堅苦しい公務、貴族たちの顔色、息子の将来……すべての憂いが、湯の中に溶けて消えていく。

「……わしはもう、王都には戻らんぞ。ここで余生を過ごす」

「それは困ります。……息子さんが泣きますよ」

 アルリックが苦笑した、その時だった。

 ドズゥゥゥゥン……!!

 突如、地響きがエデンを揺らした。

 湯船の酒が波打つ。

「……なんじゃ? 地震か?」

「いえ。……どうやら、噂の息子さんが到着したようですね」

        ***

 エデンの正門前。

 そこには、異様な威圧感を放つ「巨大な影」が立っていた。

 全長10メートル。

 古代の遺跡から発掘された、戦略級魔導兵器『巨神兵タイタン』だ。

 その肩には、血走った目をしたルディウス王太子が乗っていた。

「出てこい、アルリックぅぅぅッ!!」

 ルディウスの絶叫が、魔法拡声器を通じて響き渡る。

「貴様! よくも父上(国王)とエレノアを誘拐したな! この古代兵器の力で、貴様の楽園ごと灰にしてくれるわ!」

 彼は完全に理性を失っていた。

 プリンの乱、マヨネーズ一揆、そして相次ぐ貴族の失踪。

 加えて、病気療養中のはずの父王まで行方不明になったとあっては、気が動転するのも無理はない。

「……さあ、父上を返せ! エレノアを返せ! さもなくば……『巨神砲ギガ・ブラスター』発射用意!」

 巨神兵の胸部装甲が開き、赤黒いエネルギーが収束を始める。

 一撃で都市を消滅させるほどの威力だ。

「……やれやれ。朝から騒々しいですね」

 門が開いた。

 出てきたのは、湯上がりの浴衣姿で、片手に牛乳瓶を持ったアルリックだけだった。

「貴様ァ! 丸腰で降伏か!? 命乞いなど聞かんぞ!」

「いえ。……僕じゃなくて、あの方がお相手します」

 アルリックが指差した先。

 屋敷の屋根の上に、湯気を立てる一人の老人が立っていた。

 腰にタオルを巻いただけの姿。

 手には熱燗の徳利。

「……ち、父上!?」

 ルディウスが目を剥いた。

 重い病(心労)で伏せっており、やつれているはずの国王が、なぜか肌ツヤ良く、温泉卵のような顔で立っている。

 しかも、真冬の屋外で半裸だ。

「……馬鹿者ォォォォォッ!!!」

 国王の怒号が、巨神兵の駆動音をかき消して響いた。

「せっかくの『雪見酒』が台無しじゃ! 風情もわからん無粋な息子に育てた覚えはないぞ!」

「は、はい!? 父上、何を……病気療養中ではなかったのですか!?」

「病気などしておらん! わしは今、人生で最高の『保養リハビリ』を楽しんでおるのじゃ!」

 国王は徳利をグイッと煽り、ルディウスを指差した。

「貴様、王都の民が飢えている(プリン不足で)というのに、兵器など持ち出して何をしておる! 政治まつりごととは、民に美味い飯を食わせ、温かい寝床を与えることじゃ! それもできずに何が王太子か!」

「ぐっ……! で、ですが、アルリックは……!」

「アルリック殿は、荒野に楽園を築き、エルフやドワーフを従え、極上の文化を創り上げたぞ! ……見よ、この肌の輝きを! 温泉の効果じゃ!」

 国王は自らのツルツルの腕を見せつけた。

 説得力が凄まじい。

「……ルディウスよ。頭を冷やせ」

 国王がアルリックに目配せをした。

「……御意」

 アルリックは指を鳴らした。

 瞬間、エデンの上空に展開されていた『天候操作結界』が、局所的に変化する。

「――豪雪ブリザード。……急速冷却」

 ヒュオオオオオッ!!

 巨神兵の周囲だけ、猛烈な吹雪が発生した。

 マイナス50度の超低温。

「う、うわぁぁぁッ!? さ、寒いッ!!」

 ルディウスが悲鳴を上げる。

 巨神兵の関節が凍りつき、エネルギー回路が凍結して機能停止する。

 熱り立っていた王太子の頭も、物理的に冷却された。

「……ガチガチ……さ、寒……」

 数分後。

 凍えて鼻水を垂らしたルディウスは、巨神兵から引きずり下ろされ、アルリックの屋敷の広間へと連行された。

 そこには、コタツに入ってヌクヌクと温まる国王と、ミカンを食べるエレノア、そしてブランがいた。

「……殿下。お寒かったでしょう?」

 エレノアが、憐れむような目で温かいお茶(昆布茶)を差し出す。

「……エレノア……父上……」

 ルディウスは震える手でお茶を受け取り、啜った。

 温かい。

 涙が出るほど温かい。

 そして、コタツの布団が、凍えた足を優しく包み込む。

「……あったかい……」

 王太子のプライドが、コタツの中で溶けていく。

 彼は気づいてしまった。

 自分が必死に守ろうとしていた王都の威信や権力よりも、この四角いテーブルの下にある「温もり」の方が、遥かに価値があることに。

「……アルリック」

 ルディウスは、敗北を認めた目で言った。

「……プリンの作り方を、教えてくれ。……あと、この『コタツ』を王城に導入したい」

「いいですよ。……その代わり、エデンの自治権と、関税の撤廃を認めますか?」

「……認める。全部認める。だから、もう一杯昆布茶をくれ……」

 こうして、「エデン独立戦争(仮)」は、死傷者ゼロ、消費されたのは熱燗と昆布茶のみという平和的な結末で幕を閉じた。

 ルディウスはその後、王都へ戻り「食文化改革」を推進する名君(兼・美食家)として名を馳せることになるが、それはまた別の話。

 エデンには再び、平和な冬の日常が戻ってきた。

 だが、季節は巡る。

 冬が去れば春が来る。

 そして春といえば――「花見」と「新入生(新たな移住者)」の季節である。

 アルリックの元に、海を越えて「東の国」からの使者が訪れようとしていた。

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