第36話 食欲の秋と幻の巨大魚
灼熱の夏が過ぎ去り、エデンには涼やかな秋風が吹き始めていた。
黄金色の稲穂が再び頭を垂れ、周囲の山々は赤や黄色に色づき始めている。
「……秋だね」
アルリックは縁側で、湯呑みを片手に呟いた。
隣には、同じくお茶を啜る聖女エレノアと、丸まって日向ぼっこをしているブランがいる。
「そうですわね。……風が少し冷たくなってきましたわ」
「秋といえば、『食欲の秋』だ。……レオナルド、準備はいい?」
「おう! いつでも行けるぜ!」
庭から現れたレオナルドは、なぜか巨大な丸太のようなものを担いでいた。
釣り竿だ。
ドワーフのガリン親方が「大物用」に特注で作った、鋼鉄の糸を張った剛竿である。
「狙うは、川の主。……そして、森の宝石だ」
***
一行が向かったのは、エデンの水源となっている清流の上流、「竜の渓谷」と呼ばれる場所だった。
水はあくまで澄み渡り、底の小石までくっきりと見える。
「……いる」
アルリックは『探知魔法』で水面下を探った。
「この時期、産卵のために海から遡上してくるSランク食材……『キング・ジュエル・サーモン(王宝鮭)』だ」
それは、全身が宝石のように輝く鱗に覆われ、脂が乗りまくった幻の鮭だといわれている。
体長は優に5メートルを超える。
「行くぞ! 餌は特製『魔虫の団子』だ!」
レオナルドが豪快に竿を振った。
ドボンッ!
岩のような重りとともに、餌が深淵へと沈んでいく。
……数分後。
グググッ……!
竿が大きくしなった。
リール(巻き上げ機)が悲鳴を上げ、鋼鉄の糸がキリキリと音を立てる。
「き、来たァァァァッ!! 重てぇぇぇッ!!」
レオナルドの太い腕の血管が浮き上がる。
水面が爆発し、巨大な影が躍り出た。
七色に輝く魚体。鋭い牙。
魚というより、水陸両用のドラゴンのようだ。
「グルァァァッ!!」
「逃がすかよッ! ……おりゃあぁぁぁッ!!」
レオナルドの怪力と、ドワーフ製のリールが唸る。
さらに、アルリックが支援魔法を飛ばす。
「――重力操作。……対象の重量を10倍に!」
ズドンッ!!
空中で重くなったサーモンが、水面に叩きつけられ、動きが鈍る。
その隙に、レオナルドが一気に陸へと引っこ抜いた。
「獲ったどーッ!!」
ビタンビタン!
陸に上がった巨大魚は、もはや食材でしかなかった。
アルリックはすかさず風魔法の刃で急所を貫き、血抜きを行う。
「……完璧な魚体だ。このハラミの厚み……極上の塩焼きができるよ」
一方、森の方へ散歩に行っていたブランとエレノアも戻ってきた。
「アルリック様! 見てくださいまし!」
エレノアが籠いっぱいの戦利品を見せる。
中には、茶色い傘を持ち、強烈な香りを放つキノコが山盛りになっていた。
「……『マツタケ(に似た聖騎士茸)』か!」
アルリックはガッツポーズをした。
これで役者は揃った。
鮭。キノコ。そして、収穫したての新米。
「帰ろう。……今日は『秋の味覚定食』だ」
***
夕暮れのエデン。
広場には炭火のコンロが並べられ、香ばしい煙が立ち上っていた。
ジュワワワ……。
網の上で、分厚く切ったサーモンの切り身が焼かれている。
皮がパリッと焦げ、身から溢れた脂が炭に落ちて、食欲をそそる音と香りを奏でる。
仕上げに、塩をパラリ。
「……まずは、焼き鮭から」
アルリックが皿に取り分ける。
横には、大根おろしと、カボス(似た柑橘)を添えて。
「いただきます!」
全員が箸を伸ばす。
パリッ。
皮を破ると、中からふっくらとしたピンク色の身が現れる。
「……はふっ、はふっ……美味いッ!!」
レオナルドが吠えた。
「脂が甘い! 塩加減が絶妙だ! 皮の焦げ目がまた香ばしくて……これだけで酒が一升いけるぞ!」
ガリン親方も、日本酒の熱燗を片手に、涙を流しながら鮭を突っついている。
「そして、ご飯だ」
アルリックが土鍋の蓋を開けた。
モワァァァ……!
湯気とともに、圧倒的な「キノコの香り」が爆発した。
『松茸ご飯』だ。
醤油と出汁で炊き込まれたご飯の上に、スライスした松茸がこれでもかと乗っている。
「……なんて上品な香りでしょう」
エレノアがお茶碗を受け取る。
一口食べると、彼女はほうっと息を吐いた。
「……幸せですわ。森の恵みと、お米の甘みが、口の中で溶け合います……」
さらに、鮭のアラ(頭や骨)で出汁を取った『石狩鍋風・味噌汁』も振る舞われた。
冷え始めた秋の夜に、熱々の汁物が体に染み渡る。
「……秋もいいもんだな」
アルリックは焼き魚を突っつきながら、満月を見上げた。
春の出会い、夏の騒動、そして秋の実り。
エデンでの生活は、季節ごとに彩りを変え、充実していく。
だが。
そんな平和な宴の裏で、王都では「ある物資」が枯渇し、パニックが起きていた。
エデンから輸入されていた『プリン』と『マヨネーズ』の供給が、王太子の妨害工作によってストップしたのだ。
「……暴動が起きそうです! 貴族たちが『プリンを寄越せ!』と王城に詰めかけています!」
「民衆も『マヨネーズがないと野菜が食えない!』とデモを……!」
王太子ルディウスは、自らの首を絞めることになっていた。
次回、食の恨みは恐ろしい。
エデンの「経済制裁」が、王国を揺るがす大事件へと発展する。




