第35話 爆裂兵団とウォータースライダーの悲鳴
アルリックが建設した「人工海」は、エデンの住民たちにとって最高の娯楽となっていた。
灼熱の荒野を背景に、そこだけが切り取られたように蒼く、涼しい。
「……アルリック様。この『浮き輪』という魔導具、素晴らしいですわね」
プールの中央。ドーナツ型のビニール(スライム皮革製)に身を預け、ぷかぷかと浮かんでいるエレノアが、満足げに目を細めた。
水面に反射する光が、彼女の白い肌を美しく照らしている。
「ただの空気袋ですよ。……それより、スライダーの方はどうですか?」
アルリックが指差した先では、巨大なチューブから「ギャァァァァッ!!」という絶叫が響いていた。
ドッパーン!!
豪快な水しぶきを上げて飛び出してきたのは、騎士レオナルドだ。
「は、ははっ! 死ぬかと思ったぜ! だが、癖になるなこれ!」
彼は鼻に入った水を拭いながら、再び階段へと走っていく。
ドワーフの親方ガリンも、酒樽のような体型を活かして「腹打ち」のダイブを披露し、周囲から喝采を浴びていた。
「キュイッ!」
ブランも負けてはいない。
彼は水が苦手かと思いきや、長い体を使って優雅に「背泳ぎ」を楽しんでいた。時折、エレノアの浮き輪の横を並走して、彼女を喜ばせている。
「ふふ、ブラン様、泳ぎがお上手ですこと」
平和な、あまりにも平和な夏の一日。
だが、その平穏を切り裂くように、アルリックの『索敵結界』が鋭い警告音を脳内に響かせた。
「……! レオナルド、遊びは終わりだ」
アルリックの声に、レオナルドが即座に反応した。プールから飛び上がり、濡れた体のまま大剣を手に取る。
「……北からか?」
「ああ。……今度は、騎士団のパトロールなんて可愛いもんじゃない。熱源反応、多数」
ズシ……ズシ……ズシ……。
地響きと共に、荒野の向こうから現れたのは、全身が赤熱した鉄塊の集団だった。
身長3メートルを超える、軍事用ゴーレム。
その数、10体。
体内には「火炎魔石」が埋め込まれ、周囲の空気を歪ませるほどの熱気を放っている。
「……ゴーレム部隊!? あれは殿下の直轄部隊……『爆裂機甲師団』ですわ!」
エレノアが青ざめて浮き輪から降りようとする。
「どうやら王太子様は、僕の作ったプールが相当お気に召さなかったらしいね」
アルリックは濡れた髪をかき上げ、冷たい視線を向けた。
ゴーレムたちが近づくにつれ、せっかく冷やしたプールの水温が上がり始めている。
「……警告する! 逆賊アルリック、及び聖女エレノア様を引き渡せ!」
先頭の指揮官機から、魔法拡声器を通した声が響く。
「抵抗すれば、この一帯を『焦土』に変える! 我々の熱量は、貴様のちっぽけな水など瞬時に蒸発させるぞ!」
ボォォォッ!!
脅しとばかりに、ゴーレムたちが一斉に火炎を放射した。
荒野の草が燃え上がり、熱風がプールサイドを襲う。
「あ、熱っ! せっかくのサイダーが温くなっちまうぞ!」
「ひいいっ! せっかく植えたヤシの木が!」
レオナルドとドワーフたちが悲鳴を上げる。
だが、アルリックは静かに、プールの給水バルブに手をかけた。
「……客商売において、一番やってはいけないこと。それは『空調(温度管理)』を乱すことだ」
彼は杖を構えた。
(解像度を上げろ。……プールの循環ポンプを最大出力へ。水圧カッター・モード)
「――洗浄。高圧放水」
キュイイイイン……!
異様な駆動音が響いた次の瞬間。
アルリックが指差した先――ウォータースライダーの給水口から、レーザーのような水流が噴射された。
ドシュッ!!
それは、ただの水ではない。
現代の工業用カッターにも匹敵する、超高圧の水柱だ。
「な、なんだ!?」
指揮官機のゴーレムが反応する間もなかった。
水流は真っ赤に熱せられたゴーレムの装甲に直撃した。
ジュワアアアアアッ!!!
凄まじい蒸気が爆発的に発生する。
急激な冷却。
熱膨張していた金属が、一瞬で冷やされたことで――。
パキィィィィン!!
金属疲労の限界を超え、ゴーレムの腕が粉々に砕け散った。
「ば、馬鹿な!? オリハルコン合金の装甲が、ただの水で!?」
「『熱衝撃』だよ。……熱いグラスを急に冷やすと割れるだろう? 君たちは体を熱くしすぎたんだ」
アルリックは容赦なく次弾を装填した。
「レオナルド、ブラン! 仕上げだ!」
「おうよ! 冷えて脆くなった鉄屑なら、俺でも斬れる!」
レオナルドが大剣を振り下ろす。
ブランも「キュイッ!」と鳴いて、音速の体当たりを見舞う。
ガシャーン! バリーン!
最強と謳われた爆裂ゴーレムたちは、次々と砕け散り、ただのスクラップへと変わっていった。
「……ひ、退却ぅぅっ! ここは戦場じゃない、処刑場だぁっ!」
残った兵士たちは、散り散りになって逃げ出した。
あとに残ったのは、大量の鉄屑と、もうもうと立ち込める水蒸気だけ。
「……ふぅ。サウナみたいになっちゃったな」
アルリックは汗を拭った。
エレノアは、呆然とその光景を見ていたが、やがてふふっと笑い出した。
「……凄いですわ、アルリック様。殿下の自慢の部隊を、まさか『お水』だけで撃退してしまうなんて」
「施設管理の一環ですよ。……さて、掃除(スクラップ回収)が終わったら、もう一度泳ぎましょうか」
こうして、王太子の全力の攻撃すらも、エデンにとっては「アトラクションの一つ」として処理された。
だが、逃げ帰った兵士たちの報告により、王都はさらなる混乱に陥ることになる。
そして、季節は巡る。
夏が過ぎれば、次は「食欲の秋」。
エデンに、未知の味覚――『キノコ』と『魚』を求める冒険が訪れようとしていた。




