第34話 聖女の水着と人工の蒼い楽園
聖女エレノアがエデンに「亡命(という名の長期滞在)」をしてから数日。
彼女はすっかり、この自堕落な生活に馴染んでいた。
「……暑いですわ。アルリック様、何か冷たいものを」
冷房の効いたリビングで、ソファに寝転がりながらゴロゴロしているエレノア。
その膝の上には、すっかり彼女に懐いたブランが丸まり、一緒になって涼んでいる。
高潔な聖女と最強の魔獣が、揃ってダメになっている図だ。
「はいはい。……今日は『かき氷(イチゴ練乳)』だよ」
アルリックがシャリシャリの氷を出してやると、彼女は嬉しそうに上半身を起こした。
だが、アルリックには考えがあった。
この灼熱の荒野で、温泉(熱い)と、室内(涼しい)の往復だけでは、どうしても運動不足になる。
それに、夏といえば――。
「……エレノア様。泳ぎませんか?」
「泳ぐ? ……川は遠いですし、魔物もいますわよ?」
「いいえ。……ここに『海』を作ります」
***
アルリックは、エルフの農園の隣にある広大な空き地に、仲間たちを集めた。
「ここに、巨大な穴を掘る。……深さは手前が浅く、奥に行くほど深く」
「おう! 任せろ!」
ガリン親方率いるドワーフ部隊がツルハシを構える。
そして、ブランも「遊んでくれるのか?」とばかりに目を輝かせ、前足で地面を掘り始めた。
彼にとっては、ここが巨大な砂場のようなものらしい。
ズガガガガッ!
ドワーフの土木技術と、ブランのパワフルな穴掘りが炸裂。
あっという間に、すり鉢状の巨大な窪地が出来上がった。
「次は防水加工だ。……スライムの粘液を加工した『防水シート』を敷き詰め、その上から青いタイルを貼る」
アルリックの指示で、窪地が美しいモザイクタイルで覆われていく。
太陽の光を反射して、キラキラと輝く鮮やかなブルー。
「そして、水だ」
地下水脈からポンプで水を汲み上げる。
ただし、今回は温泉ではない。冷たい地下水をそのまま使う。
ザザザザ……!
青いタイルに水が満たされていく。
さらに、アルリックは周囲にエルフたちが育てた「ヤシの木(に似た植物)」を植え、白い砂(岩を砕いたもの)を敷き詰めた。
「完成。……特製『リゾート・プール』だ」
「……な、なんだこれはぁぁぁッ!?」
レオナルドが絶叫した。
荒野の真ん中に、突如として出現した「南国の海」。
透き通るような青い水面。揺れるヤシの木。白い砂浜。
「海だ! 本物の海より綺麗だぞ!」
「波はないけどね。……その代わり、これがある」
アルリックが指差したのは、高台からプールに向かって伸びる、巨大なチューブ状の滑り台だった。
『ウォータースライダー』である。
水魔法で常に水が流され、摩擦ゼロで滑り落ちるスリル満点のアトラクションだ。
「さあ、みんな。……泳ごうか」
***
数分後。
更衣室(即席で建てた)から出てきたエレノアの姿に、男性陣の視線が釘付けになった。
「……ど、どうかしら? 変ではありませんこと?」
彼女が身につけているのは、アルリックが「最高級スパイダーシルク」を加工して作った、ワンピースタイプの水着だ。
純白の生地に、フリルがあしらわれた清楚なデザイン。
だが、濡れれば肌に張り付き、その肢体のラインを露わにするだろう。
この世界には「水着」という概念がなく、下着のようなものを着て水浴びするのが一般的だったため、この機能的かつ美しいデザインは革命的だった。
「……お似合いですよ。天使が舞い降りたかと思いました」
アルリックが素直に褒めると、エレノアは顔を真っ赤にして俯いた。
「そ、そうですの……? ……なら、良いのですけれど」
バシャーン!!
その横で、レオナルドとドワーフたちが、雄叫びを上げてプールに飛び込んだ。
「冷てぇぇぇッ!! 最高だぁぁぁッ!!」
「水の中で体が浮くぞ! 不思議な感覚だ!」
彼らは子供のようにはしゃぎ回っている。
エレノアもおそるおそる、浅瀬から足を浸した。
「……冷たくて、気持ちいいですわ」
ちゃぷ、ちゃぷ。
彼女が歩くたびに、水面が光り輝く。
聖女の魔力が無意識に漏れ出しているのだ。
「……!?」
アルリックは気づいた。
エレノアが浸かった部分の水が、見る見るうちに浄化され、宝石のように輝き始めていることに。
(すごい。……塩素なんていらない。彼女がいるだけで、プールが『聖水』に変わっていく)
最強のろ過装置だ。
これなら、何人入っても水質は常に最高レベルを維持できる。
「アルリック様! あちらの『滑り台』に行きましょう! ブラン様も一緒に!」
すっかりテンションが上がったエレノアに手を引かれ、アルリックもウォータースライダーへと向かった。
シューーーーーッ!!
ザッパァァァン!!
水しぶきを上げて滑り落ちる聖女と、それを追いかけるように飛び込む白い魔獣。
荒野のエデンに、涼やかな水音と歓声が響き渡る。
「……極楽だ」
プールサイドのデッキチェアで、冷えたサイダーを飲みながら、アルリックは空を見上げた。
入道雲が湧いている。
日本の夏休みが、完全に再現されていた。
だが。
そんな楽園の様子を、遠く離れた王都の執務室で、水晶玉越しに監視している男がいた。
「…………」
ルディウス王太子だ。
彼は水晶玉に映る、白い水着姿の婚約者と、楽しそうに笑うアルリックを見て、持っていたワイングラスを握りつぶした。
「……エレノア。……アルリック」
パリンッ!
赤い液体が滴り落ちる。
「……許さん。……絶対に許さんぞォォォッ!!」
嫉妬と怒りが頂点に達した王太子。
ついに、彼は国軍の主力部隊を動かす決意を固める。
エデンの「スローライフ」を守るため、アルリックたちが「本気」の防衛戦を強いられる日は近かった。




