第33話 聖女の憂鬱とエメラルドのクリームソーダ
巨大な飛竜が、バサリと翼を畳んでエデンの庭に降り立った。
その背から優雅に降りてきたのは、純白のドレスに身を包んだ美少女、エレノアだ。
王国の「聖女」として崇められ、ルディウス王太子の婚約者でもある彼女の登場に、レオナルドとドワーフたちは緊張を走らせた。
「……ようこそ、エレノア様。王都からわざわざ、何の御用でしょうか?」
アルリックは動じずに、ビー玉入りのサイダー瓶を片手に尋ねた。
「ごきげんよう、アルリック様。……わたくしは、殿下より『エデンの視察』を命じられて参りましたの」
エレノアは扇子を開き、口元を隠しながら流し目を送った。
「報告によれば、貴方が怪しげな魔薬を使って人々を洗脳しているとか。……その真偽を確かめに」
「洗脳だなんて人聞きが悪い。……ただの『おもてなし』ですよ」
アルリックは苦笑した。
確かに、温泉と美食で骨抜きにはしているが、洗脳ではない。たぶん。
「ふふ。……でも、この暑さですもの。まずはその『シュワシュワ』を頂いてからでも、尋問は遅くありませんわね?」
彼女の視線は、アルリックの手元の瓶に釘付けだ。
聖女といえど、この灼熱の荒野を飛んできたのだ。喉はカラカラに違いない。
「ええ、どうぞ。……ですが、せっかくですから『スペシャル』にしましょうか」
アルリックはニヤリと笑い、キッチンの奥へと消えた。
***
数分後。
木陰のテラス席に案内されたエレノアの前に、背の高いガラスのグラスが置かれた。
「……まあ、美しい」
彼女が感嘆の声を漏らす。
グラスの中には、透き通るようなエメラルドグリーンの液体が満たされ、氷が涼しげな音を立てている。
シュワシュワと立ち上る無数の気泡が、宝石のように輝いていた。
「これだけじゃありませんよ」
アルリックは、その上に――前回開発した『濃厚バニラソフト』を、うず高く盛り付けた。
さらに、ワンポイントに真っ赤な『サクランボ(に似た木の実)』を添える。
「完成。……特製『エメラルド・クリームソーダ』です」
ドン。
緑と白のコントラスト。
冷たいサイダーの上に、濃厚なクリームが浮かぶ、至高のドリンク。
「……飲み物の上に、お菓子が乗っていますの? なんという贅沢……!」
エレノアはおそるおそる、長いスプーン(ストロー付き)を手に取った。
まずは、上のソフトクリームを一口。
ペロリ。
「……んっ!」
冷たい! 甘い!
濃厚なミルクのコクが、暑さで疲れた脳を直接癒やしていく。
いつもの「聖女スマイル」が崩れ、素の少女の顔が覗く。
「そして、下のサイダーを飲んでみてください。……混ぜながら飲むのがコツです」
言われるがままに、彼女はストローで緑の液体を吸い上げた。
ズズッ……シュワァッ!!
「――――ッッ!!?」
エレノアの碧眼が見開かれた。
弾ける炭酸の刺激。
メロンの甘い香り。
それが、溶け出したソフトクリームと混ざり合い、クリーミーで爽やかな「微炭酸シェイク」のような味わいに変化していく。
「な、なんなのですかこれは……! パチパチするのに、まろやか……! 口の中で、泡とクリームが踊っていますわ!」
彼女は夢中でストローを吸った。
冷たさが喉を駆け抜け、体の芯から熱を奪い去っていく。
その快感に、背中の羽(聖女の魔力による光の翼)がパタパタと嬉しそうに羽ばたいてしまった。
「……ふぅ。生き返りましたわ……」
グラスを空にしたエレノアは、とろけるような顔で息を吐いた。
もはや、尋問官の威厳など欠片もない。
「……アルリック様。わたくし、決めました」
「何を?」
「ここに『亡命』します」
「……は?」
アルリックは耳を疑った。
王太子の婚約者が亡命? 国際問題待ったなしだ。
「もう疲れましたのよ……。殿下は毎日『爆発だ!』『火力だ!』と叫ぶばかりで、デートも演習場……。お肌も荒れますし、髪も焦げますわ」
エレノアは本音をぶちまけ始めた。
どうやら、ストレスが限界突破していたらしい。
そこへ来て、この極上のクリームソーダと、肌に優しい温泉、そして静かな環境。
彼女にとって、エデンは文字通り「楽園」に見えたのだ。
「……というわけで、しばらく厄介になりますわね。あ、あの愛らしいブラン様も、ぜひわたくしのお相手をしてくださいまし。あの極上の毛並みに触れながらお昼寝できたら、きっと最高に癒やされますわ……」
「……やれやれ。ブランが嫌がらないなら、僕に拒む理由はないね」
アルリックは頭を抱えたが、その口元は緩んでいた。
聖女の亡命。これは王都に対する、最強の「人質」カードを手に入れたも同然だ。
そして。
クリームソーダの噂は、やがて王都の若者たちの間でも「洗練された異国情緒の象徴」として爆発的に広まることになる。
見たこともない鮮やかな緑と、雪のように白いクリームの対比。それは、退屈な日常に飽きていた彼らにとって、あまりにも眩しく、詩的な憧れの対象となったのである。
エデン・リゾートの夏は、ますます賑やかさを増していくのだった。




