第32話 弾ける泡と碧いガラス玉
ソフトクリームで騎士団を撃退した午後。
エデンの気温は依然として高く、ジリジリと肌を焼くような日差しが降り注いでいた。
「……やっぱり、甘いだけじゃダメだ。喉への『刺激』が足りない」
アルリックは、ドワーフの工房へと足を運んだ。
そこでは、ガリン親方がガラス細工の試作をしていた。
「よう、旦那! プリンの瓶なら、もう300個焼き上がってるぜ!」
「ありがとう、親方。……でも、今日は違う瓶を作ってほしいんだ」
アルリックは羊皮紙に書いた設計図を広げた。
それは、奇妙な形をしていた。
首の部分がくびれていて、中に『ガラス玉』が入る構造になっている。
そう、日本の夏の風物詩「ラムネ瓶」だ。
「……なんだこりゃ? 蓋がねぇぞ? これじゃ中身が漏れちまう」
「漏れないよ。……中から『圧力』をかけるからね」
アルリックはニヤリと笑った。
***
数時間後。
工房のテーブルには、青みがかった透明なガラス瓶が並んでいた。
中には、キンキンに冷えた液体が入っている。
材料はシンプルだ。
・地下深くから汲み上げた天然水。
・砂糖を煮詰めたシロップ。
・フィオナが育てたレモンとライムの果汁。
そして、仕上げの魔法だ。
「――圧縮。二酸化炭素、充填」
シュゴオオオッ!!
アルリックが空気中の炭素と酸素を結合させ、純粋なCO2(炭酸ガス)を生成し、瓶の中へと高圧で押し込む。
液体がブクブクと泡立ち、ガスの圧力で口元の『ガラス玉(ビー玉)』が押し上げられ、栓がされる。
「完成。……特製『エデン・サイダー』だ」
「……おいおい、本当にガラス玉で止まってやがる」
レオナルドとガリン親方が、不思議そうに瓶を覗き込む。
中の液体からは、キラキラと細かい気泡が立ち上っている。
「さあ、飲み方を教えるよ。……この『押し棒』で、ビー玉を一気に押し込むんだ」
アルリックが手本を見せる。
瓶の口にT字型の木の棒を当て、手のひらでパンッ! と叩く。
――プシュッ!!
カラン、コロン。
軽快な音と共にビー玉が瓶の中に落ち、白い泡がシュワワッと吹き上がった。
爽やかな柑橘の香りが弾ける。
「おおっ! なんだ今の音は!?」
「生き物みたいに泡が吹いたぞ!」
「さあ、泡が消えないうちに飲んで」
レオナルドはおそるおそる、自分の瓶のビー玉を押し込んだ。
プシュッ!
驚きながらも、口をつける。
ゴクッ。
「――――ッッ!!?」
レオナルドの目が飛び出さんばかりに見開かれた。
「い、痛ぇっ!!」
「え?」
「舌が! 喉が! パチパチして痛ぇぞ! ……なのに……!」
彼は喉を押さえながら、もう一口飲んだ。
シュワシュワシュワ……。
無数の泡が口の中で弾け、強烈な刺激と共に喉を駆け抜けていく。
その直後、レモンの酸味と砂糖の甘みが、乾いた体に染み込んでくる。
「くぅ〜ッ!! なんだこの『喉越し』は!!」
レオナルドが叫んだ。
痛いのに、気持ちいい。
暑さでダルかった体が、内側からシャキッと目覚めるような感覚。
「これが『炭酸』だよ。……泡の刺激が、暑さを吹き飛ばしてくれる」
ガリン親方も一口飲み、髭に泡をつけながら唸った。
「ぐおおっ! こいつはエールとは違う刺激だ! ……だが、悪くねぇ! 仕事上がりに最高じゃねぇか!」
ドワーフの親方も気に入ったらしい。
そこに、フィオナたちエルフもやってきた。
「……シュワシュワする水? 不思議ですわ」
彼女たちは上品に口をつけたが、次の瞬間「きゃっ!?」と可愛らしい悲鳴を上げ、鼻を押さえた。
炭酸のガスが鼻に抜けたのだ。
「で、でも……美味しいです。果物の香りが弾けて、とても爽やか……」
大好評だ。
カラン、コロン。
ビー玉が瓶に当たる涼やかな音が、エデンの夏空に響き渡る。
「……ふう。生き返る」
アルリックもサイダーを飲み干し、空になった瓶を空にかざした。
青いガラス瓶の中に、太陽の光が透けて見える。
日本の夏祭りそのものだ。
「……アルリック。これ、酒に入れたらどうなる?」
ふと、ガリン親方が悪魔的な発想を呟いた。
「え?」
「あの透明な『米の酒』とか、エールとかによ。……割って飲んだら美味いんじゃねぇか?」
アルリックはハッとした。
そうか。炭酸があるということは――。
「……ハイボール。サワー。チューハイ」
禁断の扉が開いた音がした。
ドワーフに炭酸を与えてはいけなかったかもしれない。
エデンが「健全な温泉地」から「呑兵衛の聖地」へと進化する未来が確定した瞬間だった。
だが、そんな平和な午後を打ち破るように、ブラン(白い魔獣)が突然、空に向かって警戒の声を上げた。
「グルルッ……!!」
「どうした、ブラン?」
アルリックが見上げると、遥か上空から、巨大な影が舞い降りてくるところだった。
翼長10メートルを超える、漆黒の飛竜。
その背中には、王家の紋章が入った豪奢な鎧を着た人物が乗っている。
「……また客か?」
レオナルドがサイダーの瓶を置き、剣に手をかけた。
だが、アルリックは違った。
その飛竜の乗り手を見て、ため息をついたのだ。
「……ああ、面倒くさいのが来たな」
舞い降りたのは、かつてアルリックを追放した張本人。
ルディウス王太子……ではなく、その婚約者にして、王国の「聖女」と呼ばれる少女、エレノアだった。
「ごきげんよう、アルリック様。……わたくしも、その『シュワシュワ』をご相伴にあずかれますこと?」
高飛車な笑顔と共に、新たなトラブルメーカーが、サイダーの香りに釣られてやってきたのである。




