第31話 灼熱の騎士団と氷点下の誘惑
エデンの境界線。
そこには、蜃気楼が揺らめくほどの熱気が立ち込めていた。
ズシ……ズシ……。
重苦しい足音を立てて現れたのは、王国の近衛騎士団、総勢50名。
彼らは全員、直射日光を反射して輝く『フルプレートアーマー(全身鎧)』に身を包んでいた。
「……あ、暑い……」
「隊長……もう限界です……。鎧の中が蒸し風呂状態です……」
騎士たちの息は絶え絶えだった。
王都の涼しい演習場ならともかく、この荒野で鉄の塊を着込むなど、ただの自殺行為だ。
汗が滝のように流れ、脱水症状寸前。兜の隙間からは、悲痛な喘ぎ声が漏れている。
「弱音を吐くな! 我らは王太子殿下の直属部隊だぞ!」
先頭を行く隊長、ガレスが叫んだ。
彼もまた、顔を茹でダコのように真っ赤にし、意識が飛びそうになるのを必死で耐えていた。
(くそっ……! なんだこの暑さは! エデンについても、水一滴ない荒野だと聞いていたが……)
だが、その視界に信じられない光景が飛び込んできた。
荒野の真ん中に広がる、青々とした緑の楽園。
そして、涼しげな木造建築の建物。
「……あそこか! 逆賊アルリックの拠点は!」
ガレス隊長は最後の力を振り絞り、声を張り上げた。
「アルリック・フォン・クロムウェル! 王太子殿下の命により、貴様の身柄と、不法に建設された工場のすべてを差し押さえる!」
***
工場の前で待ち受けていたのは、リラックスウェア(作務衣)姿の少年と、巨大な剣を背負った赤髪の男、そして足元に寝転がる白い魔獣だった。
「……暑そうですね」
アルリックは同情の眼差しを向けた。
目の前の騎士たちは、今にも熱中症で倒れそうだ。
「問答無用! 抵抗するなら、実力行使も……ぐらっ」
ガレス隊長の膝が折れかけた。
視界が白む。限界だ。
「……レオナルド。あれを」
「おう! とびきり冷えてるやつな!」
アルリックが指を鳴らすと、レオナルドがクーラーボックス(氷魔法で冷却した箱)から、何かを取り出した。
それは、コーンの上に高く盛られた、純白の渦巻きだった。
――ソフトクリーム。
外気に触れた瞬間、その表面から白い冷気が立ち上る。
灼熱の砂漠において、その「白さ」と「冷たさ」は、ダイヤモンドよりも輝いて見えた。
「……な、なんだそれは? 新手の魔法兵器か?」
ガレス隊長が警戒する。
だが、アルリックは涼しい顔で、その白い塔を差し出した。
「兵器じゃありません。『解毒剤』ですよ」
ヒヤリ。
近づけられただけで、顔に冷気が当たる。
甘いバニラの香り。濃厚なミルクの匂い。
「……毒見だ。私が毒見をする!」
ガレス隊長は、本能(生存欲求)に抗えなかった。
震える手でソフトクリームを受け取り、その冷たい先端に、乾ききった舌を這わせた。
ペロリ。
「――――ッッ!!!」
衝撃が走った。
キーン!
脳天を突き抜けるような、鋭い冷たさ。
その直後、口の中に雪解け水のような甘さが溢れ出した。
「つ、冷たぁぁぁいッ!!」
ガレス隊長が絶叫した。
熱したフライパンに水を垂らしたように、体内の熱が一気に蒸発していく。
「なんだこれは!? 氷か!? いや、クリームだ! 滑らかで、濃厚で……口に入れた瞬間に消えてなくなる!」
彼は夢中で舐め続けた。
ペロペロ、ハフハフ!
兜を脱ぎ捨て、威厳も忘れ、白いクリームにかぶりつく。
生クリームよりも軽く、牛乳よりも濃い。
この灼熱地獄において、これ以上の救済が存在するだろうか。
「……た、隊長! ズルいです!」
「俺たちにも! 俺たちにも『解毒剤』を!」
後ろで見ていた部下たちが暴動を起こしかけた。
彼らの目には、アルリックが天使に見えていた。
「ああ、全員分あるよ。……並んでね」
アルリックが手を叩くと、ドワーフたちが屋台を引いて現れた。
そこには『エデン牧場特製・ソフトクリーム 一杯500ルピ』の看板が。
「金なら払う! 言い値で払う!」
「俺はダブルでくれ! チョコソースもかけてくれ!」
カチャカチャカチャ!
金属鎧の音を響かせながら、王国の精鋭部隊が、ソフトクリーム屋台に行列を作った。
剣を置き、兜を脱ぎ、全員が満面の笑みで白い渦巻きを舐めている。
「……ふう。生き返った……」
「こんな美味いものが、この世にあったなんて……」
数分後。
そこには、戦意を完全に喪失し、ただの「観光客」と化した騎士団の姿があった。
ガレス隊長に至っては、口の周りを白くしたまま、アルリックの手を握りしめていた。
「……アルリック殿。貴公は命の恩人だ」
「いえいえ。……で、差し押さえはどうします?」
「差し押さえ? 何の事だ? 我々は……そう、砂漠のパトロール中に、偶然この『オアシス』を見つけただけだ」
隊長はウインクした。
買収完了(ソフトクリーム一個)。
「報告書にはこう書いておこう。『エデンは荒野のままであり、特筆すべき施設なし。ただし、極上の補給地点あり』とな」
こうして、ルディウス王太子の刺客は、甘くとろけるクリームによって懐柔(無力化)された。
彼らは帰り際、お土産用の「プリン」と「マヨネーズ」を大量に買い込み、ホクホク顔で王都へ帰っていったのである。
しかし、この事件は、アルリックにある一つの「問題」を気づかせることになった。
「……夏はソフトクリームでいいけど、やっぱり『炭酸』が足りないな」
風呂上がりのコーヒー牛乳もいい。
だが、この暑さには、シュワッと弾ける「アレ」が必要だ。
次回、ドワーフの技術とエルフの果実が融合し、異世界初の『炭酸飲料』が誕生する。
エデンの夏は、まだ始まったばかりだ。




