第27話 檜(ひのき)の香りと幻の米酒
ドワーフの親方、ガリン率いる建築部隊が加わってから、わずか三日。
アルリックの家の周囲には、信じられない光景が広がっていた。
カンカンカンッ!
小気味よい槌の音が荒野に響き渡る。
ドワーフたちの手によって、次々と柱が組み上がり、屋根が葺かれていく。
「……速い。速すぎる」
現場監督のアルリックは、図面を片手に感嘆していた。
彼らが作っているのは、石造りの要塞ではない。
アルリックが設計した、純和風の『木造温泉旅館』だ。
「おい、親方! そこの梁、あと2ミリ右だ!」
「おうよ! 任せときな、アルリックの旦那!」
ガリン親方が豪快に笑う。
本来、ドワーフは石材加工のプロだが、アルリックが提供した「マヨネーズ飯(カロリー爆弾)」を燃料に、木工技術も瞬く間に習得していた。
そして、建材を提供しているのはエルフたちだ。
フィオナが森から、建材に適した「巨木」を選定し、切り出してくれる。
さらに、アルリックのこだわりで、浴槽には特別な木材が使われていた。
「……いい香りだ」
完成間近の「大浴場」。
そこに据え付けられたのは、淡いピンク色をした美しい木目の浴槽だった。
ヒノキ(に似た香木)だ。
(解像度を上げろ。……重要なのは『フィトンチッド』のリラックス効果だ)
湯気と共に立ち上る、森林の香り。
石の風呂もいいが、やはり日本人のDNAには木の風呂が刻まれている。
肌触りは優しく、保温性も高い。
「よし、湯張り開始!」
ドワーフたちがパイプを接続する。
地下から汲み上げた源泉が、ヒノキの浴槽に注がれる。
ザブブブ……。
湯が溢れ、床板を濡らす音が、極上のBGMとなって響く。
「完成だ……! 『エデン温泉・本館』!」
アルリックが宣言すると、ドワーフとエルフ、そしてレオナルドが一斉に歓声を上げた。
荒野の真ん中に、風流な湯屋が誕生した瞬間だった。
***
その夜。
完成したばかりの大広間(畳敷きではないが、ゴザを敷いて和室風にした)で、盛大な「完成披露宴」が開かれた。
テーブルには、エルフたちが育てた新鮮な野菜と、レオナルドが狩ってきた魔物の肉料理が並ぶ。
そして、ドワーフたちが何より楽しみにしていた「あれ」の時間だ。
「へへっ、旦那。……仕事も終わったし、そろそろ『祝い酒』としゃれ込みてぇんですが」
ガリン親方が揉み手をしながら催促する。
ドワーフにとって、酒のない宴会は拷問に等しい。
「もちろん用意してあるよ。……ただし、エールじゃない」
アルリックは、奥から一升瓶(形をしたガラス瓶)を持ってきた。
中には、無色透明な液体が入っている。
「……なんだこりゃ? 水か?」
「飲めばわかるよ。……これは『米』から作った酒だ」
そう。日本酒だ。
収穫したばかりの新米を使い、アルリックが『発酵加速魔法』と『精密温度管理』で醸造した、純米大吟醸クラスの逸品である。
本来なら冬の寒さの中でじっくり仕込むものを、魔法で強引に(かつ繊細に)再現したのだ。
「米の酒ぇ? 穀物なら麦だろうが。……まあ、アルコールなら何でもいいがな!」
ガリン親方は疑いつつも、お猪口代わりの木杯に注がれた透明な液体を煽った。
クイッ。
「…………」
親方の動きが止まる。
髭が震える。
「……親方?」
「う、うおおおおおおおおッ!!?」
突然、ガリン親方が絶叫した。
「な、なんだこれはぁぁぁッ!? 水みてぇに喉を通るのに、腹の中で花が咲いたみてぇな香りがしやがる! 甘い! 辛い! いや、美味いッ!!」
雑味のない、研ぎ澄まされた味わい。
フルーティーな吟醸香が鼻に抜け、米の旨味だけが舌に残る。
エールの苦味や、安ワインの酸味とは別次元の飲み物だ。
「こいつは……『神の雫』か!?」
他のドワーフたちも次々と口にし、「なんじゃこりゃあ!」「酔い心地が最高だ!」と狂喜乱舞する。
エルフのフィオナたちも、最初は「酒など野蛮な……」と敬遠していたが、一口飲んで陥落した。
「……フルーティーですわ。まるで果実酒のよう」
顔をほんのり赤く染め、クイクイと杯を空けている。
「これには、やっぱり『刺し身』が欲しいところだけど……」
アルリックは呟いた。
残念ながら、ここには海がない。
代わりに用意したのは、猪肉の低温調理ローストと、野菜の浅漬けだ。
わさび醤油(わさびはフィオナが発見した)につけて食べれば、日本酒との相性は抜群だ。
「くぅ〜ッ! 日本人に生まれてよかった……いや、転生してよかった」
アルリック自身も、ヒノキの香りが残る体で冷酒を楽しみ、至福の時を過ごしていた。
温泉、美食、そして美酒。
エデンはもはや、辺境の開拓地ではない。
大陸有数の「リゾート地」としての機能を備えつつあった。
だが。
そんな夢のような宴の様子を、遠くから監視する視線があった。
「……報告通りだ。あの追放された少年、ただ者ではない」
闇に紛れていたのは、王都の商業ギルドから派遣された密偵だった。
彼の手には、羊皮紙とペンが握られている。
「エルフ、ドワーフ、そしてSランク魔獣を手懐け……謎の建築技術と、未知の酒……。これは『金』になる。いや、国が傾くほどの利権だ」
密偵はニヤリと笑い、闇へと消えていった。
アルリックの平穏なスローライフに、再び「大人の事情」の魔の手が迫ろうとしていた。




