第23話 極上の猪鍋と生きたマフラー
荒野に湧き出た源泉かけ流しの露天風呂。
そこで一日の汗を洗い流したアルリックとレオナルドは、真新しいコンクリート邸宅のリビングで、卓上コンロを囲んでいた。
メインディッシュは、先ほど狩ったばかりのBランク魔獣『フレイム・ボア』だ。
「……おい、アルリック。本当に食えるのか? ボアの肉ってのは、筋張ってて獣臭いのが相場だぞ」
レオナルドが疑いの目を向ける。
冒険者の常識として、ボアの肉は「硬くて臭い」の代名詞だ。
「それは『処理』と『温度管理』が悪いからだよ。……見てごらん、この美しいサシを」
アルリックが大皿を指差した。
そこには、牡丹の花のように美しく盛り付けられた薄切りの肉があった。
赤身と脂身のコントラストが鮮やかで、獣臭さは微塵もない。
「味噌と生姜、そしてたっぷりの酒で煮込む。……脂身の多いバラ肉からいこう」
グツグツと煮立つ濃厚なスープに、肉を滑らせる。
――ジュワワ……。
味噌の焦げるような香ばしい匂いと、獣脂の甘い香りが部屋中に充満した。
「……ゴクリ」
レオナルドはたまらず箸を伸ばし、肉を口に放り込んだ。
「――――ッッ!!?」
動きが止まる。
「と、溶けた……! 脂が甘い! なんだこれ、最高級の和牛かよ!?」
「ボアの脂は融点が低いからね。味噌との相性は抜群だ」
二人がハフハフと鍋をつついていると、突如として窓の外から音がした。
――カリカリ……カリカリ……。
ガラスを引っ掻くような音。
レオナルドが警戒して大剣に手を伸ばす。
「……魔物か?」
「ちょっと見てくる」
アルリックが玄関のドアを開けると、荒野の夜風と共に、白い影が飛び込んできた。
シュルルルッ!
「うわっ!?」
影はレオナルドの足元をすり抜け、一直線に「鍋」の前で急ブレーキをかけた。
そこにいたのは、全長3メートルはある、白く輝く毛皮を持つ細長い生物だった。
つぶらな瞳。小さな耳。そして、流れるような美しいフォルム。
巨大なオコジョ(イタチ)だ。
「……『カイザー・アーミン』?」
アルリックは目を丸くした。
寒冷地に生息するSランク魔獣だ。
そのスピードは音速を超え、鋭い爪はダイヤモンドも切り裂くと言われている「白い死神」。
だが、今のアーミンは、後ろ足で立ち上がり、鼻をピクピクさせて鍋を見つめている。
その姿は、餌をねだるペットそのものだ。
「キュー! キュウゥ~!」
鳴き声が可愛い。
どうやら、強烈な味噌と脂の匂いに釣られて、山から下りてきてしまったらしい。
「……レオナルド。肉、まだある?」
「あ、ああ……山ほどあるけど……こいつ、食うのか?」
アルリックが小皿に煮えた肉を取り分けてやると、アーミンは目にも止まらぬ速さで――しかし行儀よく、前足で皿を持って食べ始めた。
ハフハフ、キュッキュッ!
あっという間に完食し、キラキラした瞳で「おかわり」を要求してくる。
「……気に入ったみたいだね」
アルリックは、アーミンの背中をそっと撫でた。
「……ッ!!」
今度はアルリックが衝撃を受けた。
極上の手触り。
シルクよりも滑らかで、羽毛よりも柔らかい。
指が沈み込むほどの毛の密度。
これは、世界最高峰の毛皮を超越した、神の繊維だ。
「……決めた。君は今日からウチの子だ」
アルリックは真顔で宣言した。
「この毛並み……冬のマフラー、いや、抱き枕として最強のQOL素材だ」
「おい! Sランク魔獣をマフラー扱いするな!」
レオナルドのツッコミを無視して、アルリックは肉を与え続けた。
満腹になったアーミンは、すっかりアルリックに懐き、その長い体を彼の首に巻き付けて眠り始めた。
「……あったかい」
こうして、最強の「生きたマフラー」兼「番犬(番イタチ)」が、鍋の残りで仲間になった。
名前は、その白さから『ブラン』と名付けられた。




