第20話 卒業制作は「パンを焼く箱」
魔導学院の卒業シーズン。
講堂には、国中の重鎮や軍関係者が集まり、異様な緊張感に包まれていた。
今日は、卒業制作の発表会。
ここでの評価が、宮廷魔導師になれるか、軍の将校になれるかを決定する。
「次! ルディウス・フォン・グランツ!」
名前を呼ばれ、ルディウス王太子が壇上に上がった。
彼は自信満々に、巨大な赤い水晶を掲げた。
「私が開発したのは『戦略級火炎増幅器』です! これを使えば、下級兵士のファイアボールでも、城門を吹き飛ばす威力に変換できます!」
おおっ、と会場がどよめく。
軍の上層部が身を乗り出し、称賛の拍手を送った。
ルディウスは勝ち誇った顔で、袖に控えるアルリックを一瞥した。
(見たか、生活魔法使い。これが国を守る力だ。……貴様の作るガラクタなど、足元にも及ばん)
続いて、他の生徒たちも次々と発表する。
「自動追尾型の雷撃杖」「敵の足を腐らせる毒の沼」……。
どれもこれも、いかに効率よく人を殺すか、いかに破壊するかを追求した物騒な代物ばかりだ。
(……野蛮だ。あまりにも、美的センス(QOL)がない)
アルリックは欠伸を噛み殺していた。
彼にとって、この発表会は退屈な拷問でしかない。
「次! アルリック・フォン・クロムウェル!」
ついに名前が呼ばれた。
会場の空気が少し緩む。「あの掃除係か」「また変な料理道具か?」という嘲笑混じりの囁きが漏れる。
アルリックは気だるげに壇上に上がり、布をかけた四角い箱を置いた。
「……えー、僕が開発したのは、こちらです」
バッ、と布を取り払う。
そこにあったのは、ミスリル銀で加工された、美しい流線型の扉がついた箱だった。
前面にはガラス窓があり、中が見えるようになっている。
「名は『魔導スチーム・コンベクション・オーブン』。……略して『スチコン』です」
「……は?」
審査員長であるバルカン教授(あの燻製好き)が、首をかしげた。
「クロムウェル君。……それは、何をする兵器かね? 敵を中に閉じ込めて焼き殺す拷問器具か?」
「違います。パンを焼くための箱です」
シーン……。
会場が静まり返った。
「……パン?」
「はい。従来の石窯は温度管理が難しく、焼きムラができやすい。そこで、この箱の内部に『過熱水蒸気』を充満させ、熱風を循環させるファンを搭載しました」
アルリックは熱弁を振るい始めた。
ここ数年で一番の早口だ。
「これにより、パンの表面はカリッと、中は水分を逃さずモチモチに焼き上がります。さらに! 低温調理モードを使えば、ローストビーフもパサつかずにジューシーに! プリンだって『す』が入らずに滑らかに仕上がるのです!」
彼は実際に、あらかじめ仕込んでおいたクロワッサンの生地を庫内に入れた。
スイッチ・オン。
――ブゥゥン……。
静かな駆動音が響き、ガラス窓の向こうで生地が膨らんでいく。
数分後。
チン、という軽快な音が鳴り、扉が開かれた。
――ボワァッ!
芳醇なバターの香り。
黄金色に輝く、完璧な層を成したクロワッサン。
その破壊力抜群の「飯テロ」臭が、会場の隅々まで拡散された。
「……以上です。試食をどうぞ」
アルリックは焼きたてを審査員席に差し出した。
バルカン教授の手が伸びる。
サクッ。
「……ッ!!」
教授が天を仰いだ。
美味い。美味すぎる。
だが、ここは神聖な卒業発表会だ。
「ふ、ふざけるなああああっ!!」
バンッ!!
机を叩いて立ち上がったのは、ルディウス王太子だった。
顔を真っ赤にして激怒している。
「貴様! 国を守る兵器を作れという課題に対し、パン焼き機だと!? 我々を愚弄するのもいい加減にしろ!」
「え? でも、美味しいですよ?」
「味の話などしていない! そんなものが戦場で何の役に立つ! 敵にパンを食わせて太らせるつもりか!?」
ルディウスの怒声に、軍の上層部も同調した。
「期待外れだ」「やはりクロムウェルの神童など嘘だった」「国費の無駄遣いだ」と罵声が飛ぶ。
唯一、バルカン教授だけが「いや、しかしこの技術は……兵糧の革命に……」と呟いていたが、王太子の剣幕にかき消された。
「父上! こいつには魔導師の資格などありません! 即刻、追放すべきです!」
ルディウスが国王に直訴する。
国王は渋い顔をしていた。彼もアルリックの料理(米)のファンだが、公の場でのこの態度は庇いきれない。
「……アルリックよ。お前は、この国の平和のために力を使う気はないのか?」
「平和とは、美味しいご飯と温かい布団のことだと思いますが」
アルリックは即答した。
これが決定打だった。
「……よかろう」
国王は溜息をつき、宣告した。
「アルリック・フォン・クロムウェル。貴様を、王都より追放とする。……辺境の開拓地『エデン』へ向かい、そこの領主として生涯を終えるがよい!」
辺境。
魔物が出没し、何もない荒野。
事実上の「島流し」だ。
会場中が「ざまあみろ」という嘲笑に包まれる。
だが。
アルリックだけは、その宣告を聞いた瞬間、心の中でガッツポーズをしていた。
(……勝った!!)
辺境? 最高じゃないか。
うるさい王家も、堅苦しい貴族の付き合いもない。
何もない荒野なら、都市計画は自由自在。最初から「完璧なインフラ」を敷設できる。
自分だけの理想郷を作るチャンスだ!
「……謹んで、お受けいたします」
アルリックは殊勝な顔で頭を下げたが、その口元はニヤリと歪んでいた。
「ただし、このスチームオーブンは持って行きますね。……辺境でも美味しいパンが食べたいので」
彼はオーブンを抱え、軽やかな足取りで講堂を後にした。
その背中を見送るルディウスは、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「精々、野垂れ死ぬがいい。……二度とこの王都の敷居は跨がせんぞ」
しかし、彼はまだ知らない。
数年後。
アルリックが追放された辺境が、世界中の富と技術、そして美味いものが集まる「地上楽園」となり、逆に王都が「飯が不味くて不便な田舎」に成り下がってしまう未来を。
ついに、第3章・開拓編の幕開けである。
アルリックの手には、最強の武器(調理家電)が握られていた。
(第2章 学院編・完)




