第18話 爆裂魔法と燻製の理論
魔導学院の授業初日。
第一演習場には、新入生たちが緊張した面持ちで整列していた。
野外にあるこの演習場は、風が吹きっさらしで肌寒い。
アルリックはローブの下に、こっそり仕込んだ『携帯用カイロ(魔石を触媒にした発熱パック)』を握りしめ、早く終わらないかと空を見上げていた。
「いいか、貴様ら! 魔法とは火力だ! 大きさだ! 派手さこそが正義だ!」
熱弁を振るっているのは、担当教官のバルカン教授だ。
「爆炎のバルカン」の異名を持つ彼は、筋肉質の巨体を揺らし、初っ端から精神論をぶち上げていた。
「今日の課題は単純だ。……あそこにある『木の案山子』を、火魔法で燃やし尽くせ! 灰になるまで焼き尽くした者が合格だ!」
生徒たちがどよめく。
案山子は太い丸太で作られており、表面を焦がす程度なら簡単だが、灰にするには相当な魔力が必要だ。
「まずは私が手本を見せよう」
列の先頭から進み出たのは、ルディウス王太子だった。
彼はアルリックをちらりと睨みつけると、自信満々に杖を構えた。
「――我が魔力よ、紅蓮の炎となりて敵を穿て! 『ファイア・ボール』!」
ドォォォン!!
詠唱と共に、バスケットボール大の火球が放たれた。
それは案山子に直撃し、激しい爆発音と共に木っ端微塵に粉砕した。燃え残った残骸が黒煙を上げて散らばる。
「おおっ! さすが殿下!」
「一撃で粉砕とは……!」
生徒たちから喝采が上がる。バルカン教授も満足げに頷いた。
「うむ、素晴らしい! これぞ魔法! 破壊の美学だ!」
ルディウスは鼻高々に列に戻り、すれ違いざまにアルリックに囁いた。
「見たか、生活魔法使い。……これが『戦う力』というものだ。貴様の小細工など、戦場では無意味だぞ」
「……はあ」
アルリックは気のない返事をした。
彼の目には、今の魔法は「0点」にしか映っていなかったからだ。
(……エネルギー効率が悪すぎる。丸太一本燃やすのに、あんな無駄な爆発を起こしてどうする。表面だけ炭化して、芯が燃え残ってるじゃないか)
破壊という目的だけなら合格かもしれない。
だが、アルリックの美学(QOL)は、そんな雑な熱エネルギーの浪費を許さない。
「次! アルリック・フォン・クロムウェル!」
名前を呼ばれ、アルリックは気だるげに前に出た。
周囲からの視線が痛い。
「あの掃除の人だろ?」「から揚げの人だ」というヒソヒソ話が聞こえる。
(……燃やせばいいんだよね。熱を通せばいいんだ)
アルリックは杖を構える――フリをして、ただ指先を向けた。
「……プロセス開始」
彼がイメージしたのは「爆発」ではない。
熱伝導の制御と、不完全燃焼のコントロールだ。
(解像度を上げろ。……酸素供給量を絞り、低温でじっくりと加熱。木材に含まれるリグニンとセルロースを熱分解し、芳醇な『煙』を発生させる)
――ボッ。
案山子の足元に、小さな種火がついた。
ルディウスが「なんだ、あのボヤ騒ぎは」と嘲笑う。
だが、次の瞬間。
アルリックは風魔法で案山子の周囲を『真空パック』のように結界で覆った。
煙を逃さない。熱を逃さない。
内部温度を常に80度に保ち、煙を循環させる。
(……ついでに、これも入れておこう)
彼はこっそり、空間収納から取り出した「チーズの塊」と「塩漬けした豚バラ肉」を、結界の中に放り込んだ。
「な、なんだ!? 燃えないぞ!?」
「煙も出てない……失敗か?」
生徒たちがざわめく。
炎は見えない。爆発音もしない。
ただ、結界の中で案山子(と食材)が、静かに、しかし確実に茶色く変色していく。
そして、10分後(時間加速魔法で3時間に相当)。
「……開放」
アルリックが結界を解いた。
――プシュウウウ……。
一気に白煙が広がった。
だが、それは焦げ臭い煙ではない。
桜のチップ(案山子の材質)が燃えた、上品で、鼻腔をくすぐるような香ばしい燻し香だ。
「……ッ!?」
演習場にいた全員が、一斉に鼻をクンクンさせた。
「な、なんだこの匂いは……?」
「いい匂いだ……まるで、高級なハムのような……」
煙が晴れた後、そこに残っていたのは、灰ではなかった。
真っ黒に炭化し、カチカチに硬化して宝石のように輝く『最高級備長炭』になった案山子。
そして、その傍らに転がる、黄金色(飴色)に輝く『スモークチーズ』と『ベーコン』だった。
「……先生。燃やし尽くしました。炭素純度99%の完全な炭です」
アルリックは平然と言い放ち、足元のベーコンを拾い上げた。
まだ温かい。脂が滴り落ちている。
「貴様……! これは何だ! 魔法の授業中に料理をするな!」
バルカン教授が激怒して駆け寄ってくる。
だが、その怒声は、目前のベーコンの香りに遮られた。
「……む?」
教授の鼻がピクつく。
燻製独特の、あの食欲をそそる香り。
アルリックは無言で、ナイフでベーコンを薄く切り、教授に差し出した。
「……どうぞ。火加減の確認です」
「ば、馬鹿にするな! 私は教育者だぞ、こんな……あむっ」
反射的に食べてしまった。
瞬間、教授の目が見開かれる。
「……!!」
口いっぱいに広がるスモーキーな香り。
凝縮された肉の旨味。
低温でじっくり火を通したことで、脂身は甘く、赤身はしっとりと柔らかい。
(こ、これは……酒だ! 最高級のウイスキーを持ってこい!)
教授の脳内で、教育者としての理性が崩壊した。
「……ごほん! あー、クロムウェル君」
教授は咳払いをし、小声で言った。
「……そのチーズも、置いていきなさい。あと、放課後、私の研究室に来るように。……酒を用意して待っている」
「……はあ。わかりました」
結果。
アルリックの評価は「破壊力:E」「技術点:SSS(測定不能)」という歪なものになった。
一方、ド派手に爆発させたルディウス王太子は、誰からも注目されず、地面に転がる黄金色のベーコンを悔しそうに睨みつけていた。
「おのれ……! 神聖な魔法を、あのような『厨房の真似事』に使うとは……!」
彼は拳を震わせた。
だが、その鼻は正直にヒクついており、腹の虫が鳴くのを必死に堪えていたのだった。
「……卑怯な奴め」
アルリックの魔法は、破壊ではなく「創造(調理)」のためにある。
その哲学が、学院の常識をじわじわと侵食し始めていた。




