表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の解像度を上げたら、世界が快適になりすぎた  作者: 茗子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/110

第16話 悪魔の家電とキンキンの祝杯

 掃除とリフォームを終えた305号室は、王立魔導学院の寮とは思えないほど快適な空間になっていた。

 空気は清浄で、室温は常に24度に保たれ、ベッドは雲のような寝心地。

「すげぇ……マジですげぇぞ、アルリック!」

 ルームメイトのレオナルドは、すっかりアルリックの信者になっていた。

 彼は感動のあまり、自分の荷物から木箱を取り出した。

「これだけの歓迎を受けちまったんだ。俺からも礼をさせてくれ! 実家から送ってきた『祝い酒』だ!」

 騎士科の彼は、どうやら隠し持っていたらしい。

 木箱から出てきたのは、琥珀色のエールが入ったガラス瓶だ。

「王都じゃ有名な銘柄だぜ。さあ、やろう!」

 レオナルドが豪快にコルクを抜く。

 ポンッ、といい音がして、麦の香りが漂った。

 だが、アルリックの表情は優れない。

「……レオナルド君。そのエール、温度は?」

「あん? 温度? ……まあ、常温だな。ここに来るまで馬車で揺られてたし、ちょっと生ぬるいかもな」

 アルリックは絶望した。

 この世界では、冷蔵庫が存在しない。

 酒もジュースも、基本的に「常温」で飲むのが当たり前だ。冬ならまだしも、今は初夏。生ぬるい炭酸など、彼にとってはただの苦い汁でしかない。

(解像度が低い。……炭酸飲料カーボネーションの真価は、喉を刺すような冷たさと、爽快な喉越し(キレ)にあってこそだ)

 アルリックは、差し出されたコップを手で制した。

「……待ってくれ。そんな生ぬるいものを飲むなんて、麦への冒涜ぼうとくだ」

「はあ? じゃあどうすんだよ。氷魔法使いでも呼んでくるか? 氷を入れたら味が薄まるぞ」

「氷はいらない。……僕が欲しいのは『冷却』だ」

 アルリックは部屋の隅にあった、備え付けの木製の戸棚キャビネットに目をつけた。

 彼は立ち上がり、その戸棚の前で指を鳴らす。

(解像度を上げろ。……熱力学第二法則への挑戦だ)

 彼の瞳が、冷徹な青色に輝く。

 ただ冷やすだけではない。空間そのものを断熱し、熱エネルギーだけを外部へ汲み出すシステムを構築する。

(まずは断熱材インシュレーション。……木材の繊維に真空の層を作り、外部からの熱伝導を遮断する)

 戸棚全体が、淡い結界に包まれた。

 これで、魔法瓶と同じ構造になった。

(次に、熱交換ヒートポンプ。……庫内の空気から熱を奪い、背面の放熱板へ移動させる。冷媒ガスは風魔法で循環)

 ――ブゥゥン……。

 微かな重低音が響き始める。

 現代の冷蔵庫と同じ、コンプレッサーの駆動音に近い音だ。

 庫内の温度が、みるみるうちに下がっていく。

 20度、15度、10度……そして、黄金比である4度へ。

「よし。……レオナルド君、その瓶をここに入れて」

「お、おう……?」

 言われるがままにエールの瓶を戸棚に入れる。

 アルリックは扉を閉め、さらに「時間加速」の術式を重ねがけした。

 通常なら数時間かかる冷却を、わずか数分に圧縮する。

 3分後。

「……解凍オープン

 アルリックが扉を開けた瞬間。

 白い冷気ミストが、足元へ流れ落ちた。

「うおっ!? なんだ今の白い煙!?」

 レオナルドが驚く中、アルリックは中から瓶を取り出した。

 その表面には、びっしりと水滴(結露)がついている。

 指先が痛くなるほどの冷たさだ。

「……これが、文明の味だ」

 アルリックは二つのコップに、その液体を注いだ。

 トクトクトク……シュワワワ……。

 泡立ちが違う。冷えた液体の中で、炭酸ガスが細かく弾けている。

「さあ、飲んでみて。……一気にいくのが作法だよ」

 レオナルドは、汗をかいているコップをおそるおそる手に取った。

 冷たい。まるで冬の小川に手を突っ込んだようだ。

「……い、いただくぜ」

 彼はコップを傾け、喉の奥へと流し込んだ。

 ――キュッ!

 喉が鳴る。

 その直後、レオナルドの目がカッと見開かれた。

「――――ッッ!!?」

 衝撃が走った。

 冷たい! 痛いほどに冷たい!

 だが、その冷たさが炭酸の刺激を鋭くし、麦の苦味をキレのある旨味に変えている。

 生ぬるい時に感じた雑味や、べたつくような甘さは一切ない。

 あるのは、突き抜けるような爽快感だけだ。

「ぷはぁっ!!」

 レオナルドが豪快に息を吐いた。

 その顔には、これまでに見せたことのない恍惚こうこつの色が浮かんでいた。

「う、美味ぇ……! なんだこれ!? 俺が知ってるエールじゃねぇ! 喉が! 喉が喜んでやがる!」

「それが『喉越し』だよ」

 アルリックも、自分の分を静かに飲み干した。

 うん、悪くない。4度の適温だ。

 久しぶりに味わうキンキンの炭酸が、五臓六腑に染み渡る。

「……アルリック。お前、天才か?」

 レオナルドは空になったコップを握りしめ、震える声で言った。

「掃除だけじゃねぇ。こんな……こんな『悪魔の箱』まで作れるなんて……!」

 彼は冷蔵庫(ただの戸棚改)を、まるで神器のように崇め始めた。

「頼む! 俺のジュースも冷やしてくれ! いや、実家から送ってきたハムもだ! チーズも入れたら美味くなるか!?」

「まあ、保存性も高まるからね。好きに使っていいよ」

「一生ついていきます、アルリック様!」

 こうして、学院生活初日にして、アルリックは最強の護衛騎士(予定)を完全に餌付けすることに成功した。

 だが、この『悪魔の箱』の存在が、やがて他の寮生たち――特に、夜な夜なぬるい酒で我慢していた先輩たち――にバレた時、305号室が「会員制のバー」と化してしまう未来を、彼はまだ知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ