第11話 王城の解像度と高慢な王子
王都に到着した翌日。
アルリックたちクロムウェル公爵一家は、王城の謁見の間に通されていた。
高い天井。磨き上げられた大理石の床。深紅の絨毯。
左右には近衛騎士が立ち並び、正面の玉座には、この国の支配者である国王陛下が鎮座している。
誰もが恐縮し、震え上がるような光景だ。
だが、五歳のアルリックの心の中は、まったく別の感情で埋め尽くされていた。
(……寒い。寒すぎる)
彼は礼服の下で、小さく身震いした。
王城は見た目こそ立派だが、居住性は最悪だった。
石造りの建物は冷気を溜め込み、高い天井は暖気を逃がす。さらに、窓の建付けが悪く、どこからともなく冷たい隙間風が吹き込んでいる。
(断熱性能(U値)が絶望的だ。……王様はよくこんな冷蔵庫みたいな場所で、何時間も座っていられるな)
アルリックの『解析』の瞳には、玉座の周囲に漂う冷気の流れが、青い矢印となって視覚化されていた。
もし自分がここに住むなら、まずは壁に断熱材を埋め込み、窓を二重サッシ(ペアガラス)に替えるところから始めるだろう。
「……面を上げよ」
重厚な声が響いた。
父のエドワード公爵に従い、アルリックも顔を上げる。
玉座に座る国王は、疲れた顔をしていた。目の下には隈があり、肩が凝っているのか、時折首を回す仕草をしている。
(……あの玉座、人間工学を無視した設計だな。背もたれの角度が垂直すぎて、腰椎への負担が大きすぎる)
アルリックがそんな失礼な分析をしていると、国王の視線が彼に注がれた。
「エドワードよ。その子が、噂の神童か?」
「はっ。三男のアルリックでございます」
「ほう……。まだ幼いな。だが、その瞳には知性が宿っているように見える」
国王は興味深そうに身を乗り出した。
「クロムウェル公爵令嬢が夜会で見せた『光るドレス』、そして貴族たちの間で話題になっている『若返りの聖水(石鹸)』……。これらはすべて、その幼子が作ったと聞いたが、真か?」
「はい、陛下。すべて息子の『遊び』の延長でございますが」
父の言葉に、周囲の貴族たちがざわめいた。
五歳児の遊びで、あのようなオーバーテクノロジーが生まれるとは信じ難いのだろう。
「……遊び、か」
その時、玉座の脇に立っていた少年が、鼻で笑うような声を上げた。
「くだらぬ」
金髪に碧眼。年齢は十歳ほどだろうか。
豪奢な衣装を身に纏った彼は、アルリックを値踏みするように見下ろしていた。
第一王子、ルディウスだ。
「父上。このような子供のママゴトに、時間を割く必要などありませぬ。ドレスだの石鹸だの……。魔法とは本来、国を守り、敵を殲滅するための『力』でありましょう」
ルディウスは、手のひらに小さな火球を出して見せた。
魔力制御は未熟だが、その出力は高い。典型的な「火力至上主義」の魔導師だ。
「それを、女子供の機嫌を取る道具に成り下がらせるとは。……クロムウェルの神童と聞いて期待したが、所詮は『生活魔法使い』か」
侮蔑の言葉が投げつけられる。
父のエドワードや母のエレナが怒りで顔を強張らせる。
だが、当のアルリックは――。
(……ああ、うるさいな。この部屋、音響も悪いから、高い声が反響して耳に障る)
王子の挑発など、彼にとっては「環境ノイズ」の一つでしかなかった。
魔法をどう使おうが個人の自由だ。むしろ、火力を上げて野蛮な戦争をするより、美味しいご飯を食べるために使う方が、よほど建設的だと彼は思っている。
「……ルディウス、控えよ」
国王が王子をたしなめ、再びアルリックに向き直った。
「アルリックよ。余は、お前の技術に興味がある。……特に、その石鹸とやら。余も試してみたいのだが、献上できるか?」
国王の言葉に、アルリックは内心でガッツポーズをした。
待っていました、と言わんばかりに、彼は懐から桐箱を取り出した。
「はい、陛下。……こちらが、父上と共に開発しました『王家専用・最高級プレミアムソープ』でございます」
中には、透き通るような白磁色の石鹸が収められている。
ほのかに漂うのは、最高級の白檀とラベンダーの香り。
昨晩、公爵邸で急いで作ったものだが、その解像度は極限まで高めてある。
「これは、洗浄力だけでなく『癒やし』をテーマに設計しました。……泡立てて肌に乗せるだけで、一日の疲れが溶け出すようなアロマ効果と、血行促進効果がございます」
「ほう……! それは楽しみだ」
国王は侍従に箱を受け取らせ、満足げに頷いた。
「クロムウェル公爵よ。この功績に対し、褒美を取らせようと思う。……何か望むものかあるか?」
来た。
この瞬間を、アルリックはずっと待っていた。
彼は父の顔色を窺うこともなく、一歩前へ進み出た。
「では、陛下。一つだけお願いがございます」
「申してみよ」
アルリックは、澄んだ瞳で国王を見上げ、きっぱりと言い放った。
「王都の港に停泊している、東方からの貿易船。……その積荷の『優先購入権』をいただきたく存じます」
「……は?」
国王が目を丸くした。
隣でふんぞり返っていたルディウス王子も、呆気にとられている。
爵位でもなく、領地でもなく、金貨でもない。
五歳の子供が求めたのは、得体の知れない外国の積荷へのアクセス権だった。
「……そ、それだけでよいのか?」
「はい。それだけで十分です」
アルリックは力強く頷いた。
彼にとっては、爵位よりも「米」と「コーヒー」の方が、遥かに価値が高い。
QOLはお金では買えないが、食材は権利があれば買えるのだ。
「……変わった子供だ。よかろう、許可する。好きなだけ買うがよい」
「ありがとうございます!」
この日一番の輝く笑顔を見せたアルリック。
その様子を見て、ルディウス王子は不快そうに舌打ちをした。
「……チッ。欲のない愚か者め。やはり、貴様には魔導師としての覇気がない」
すれ違いざまに吐き捨てられた言葉。
だが、アルリックは意にも介さなかった。
(覇気なんてなくていい。……僕にあるのは『食欲』だけだ)
こうして、王家公認の「買い付け許可証」を手に入れたアルリック。
いよいよ、東方の未知なる食材との対面――そして、「米騒動」の幕開けである。




