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魔法の解像度を上げたら、世界が快適になりすぎた  作者: 茗子


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第107話 最悪の難民対策と、黒き神水

 エデン領、中央区画の道路工事現場。

 焼きそばパンを握りしめ、エデンの土木作業員になろうとしたガレリア帝国皇帝・ユリウスの背後から、ひどく不機嫌そうな声が響いた。

「――却下だ。君に土木作業員への転職は認めない」

 振り返ると、そこにはパジャマ姿の上に皇帝オコジョ(ブラン)を首に巻きつけた少年、アルリックが立っていた。

「エ、エデン領主……!」

「君が帝国の皇帝だね? 君が国を捨ててここで働き始めたら、残された数百万の帝国民はどうなる? 為政者を失った帝国は無政府状態になり、飢えと寒さに耐えかねた難民が、大挙してこのエデンに押し寄せてくるだろ」

 アルリックは忌々しそうに舌打ちをした。

「数百万の難民……。そんな最悪の『ノイズ』が発生したら、僕の静かな二度寝の時間が永遠に失われてしまう。だから、君にはちゃんと皇帝の椅子に座り続けてもらうよ」

「な、ならばどうしろと言うのだ! 我々の技術では、このパン一つ、温水一つ、民に与えてやることはできんのだぞ!」

 悲痛な叫びを上げるユリウスに、アルリックは一枚の羊皮紙を突きつけた。

 そこには『エデン・フランチャイズ契約書』と書かれていた。

「簡単な話だ。帝国が、うちの『顧客』になればいい。お湯を注ぐだけのカップ麺、コンソメの粉、透水性アスファルトの技術。これらを帝国に輸出(販売)する」

「なっ……我が国に、エデンの技術を譲るというのか!?」

「譲るんじゃない、売るんだ。代金は、帝国の豊かな鉱山から採れる『鉄鉱石』や『魔石』などの資源で払ってもらう。……これなら、君の国の民は飢えずに済むし、僕は寝転がったままインフラ整備用の資源が手に入る。完璧な取引だろ?」

 アルリックは薄く笑った。

 平和を愛しているからではない。ただひたすらに、「自分が快適に引きこもる環境」を守るためだけに、彼は敵国すらも経済圏に取り込もうとしていた。

「……契約しよう」

 ユリウスは焼きそばパンを握りしめたまま、その場に膝をついた。

「帝国の敗北だ。我が国は今後、エデン領の『上得意客(下請け)』として、全土のQOL向上に努めることを誓おう……!」

 こうして、一滴の血も流れることなく。

 世界最大の軍事国家ガレリア帝国は、エデンの「インフラと飯テロ」の前に軍門に下ったのである。

        ***

「……これでよし。じゃ、あとはキースとドン・カルロと細かい輸出ルートを詰めておいて。僕は寝るから」

 契約書に帝国の国璽こくじが押されたのを確認すると、アルリックはあくびをして自室へ引っ込んでしまった。

 残されたユリウスは、呆然としていた。

「何を暗い顔をしている、ユリウス!」

 バンッ! と背中を力強く叩かれた。先代皇帝であり、優秀な土木作業員である父・ヴァレリウスだ。

「これで帝国も飢えずに済む! 素晴らしい決断だ。さあ、商談成立の祝いだ。お前も長旅で泥だらけだろう。エデンの『極楽』に連れて行ってやる!」

 ヴァレリウスに引きずられるようにして連れてこられたのは、巨大な和風建築――『大衆浴場(スーパー銭湯)・えでんの湯』だった。

「……なんだ、この熱気は。それに、この豊かな硫黄の香りは……?」

「アルリック殿が、地下水脈と熱源を解析して掘り当てた『天然温泉』だ。さあ、服を脱げ!」

 浴場に足を踏み入れたユリウスは、再び驚愕した。

「蛇口をひねるだけで、頭から温かい湯が降り注いでくるだと……!? しかも、熱すぎず冷たすぎない、完璧な温度で!」

「フハハ! アルリック殿いわく、魔石による『熱交換器ヒートポンプ』とやらで、大気中の熱を集めて常に41度の最適温度を保っているらしいぞ。ほら、体を洗ったら露天風呂だ!」

 外に出ると、冷たい雪景色の中に、もうもうと湯気を立てる巨大な岩風呂があった。

 ユリウスは恐る恐る、その琥珀色のお湯に身を沈める。

「…………っっ!!」

 全身の毛穴が開き、長旅の疲労と、皇帝としての重圧が、文字通りお湯に溶け出していく感覚。

(あたたかい……。帝国の宮殿で、侍女に何十杯もお湯を運ばせて入る窮屈な風呂とは次元が違う。足を伸ばし、雪景色を見ながら、無限に湧き出る熱い湯に浸かる……これが、平民の娯楽だというのか?)

「どうだ、ユリウス。極楽だろう」

「……はい、父上。帝国の玉座より、このお湯の中の方が……遥かに価値がある気がします……」

 皇帝の威厳は、41度の完璧な熱力学の前に完全にふやかされてしまった。

        ***

「ふぅ……。さっぱりしたな」

「体が……羽のように軽いです」

 湯上がり処。ポカポカに火照った体のまま、ふらふらとベンチに腰掛けるユリウス。

 そこに、ヴァレリウスが「冷気を放つ魔法の箱(冷蔵庫)」から、二つのガラス瓶を取り出して戻ってきた。

「ほれ。湯上がりの『神水』だ。腰に手を当てて、一気に飲み干せ!」

「これは……? 黒濁した液体のようですが……」

 瓶には『珈琲牛乳コーヒーミルク』と書かれている。南の密林で採れたコーヒー豆を焙煎し、牧場の濃厚なミルクとたっぷりの砂糖を合わせた、アルリック特製の湯上がりドリンクだ。

 ユリウスは言われた通り、腰に手を当て、冷たい瓶に口をつける。

 ――ゴクッ。

「…………!!?!?」

 カッ、とユリウスの目が見開かれた。

 温泉で火照り、水分を欲していた細胞に、氷結魔法(過冷却)ギリギリまで冷やされた液体が染み渡る。

 焙煎によるメイラード反応が引き出した、コーヒーの香ばしさと心地よい苦味。それを、暴力的なまでに濃厚なミルクのコクと、脳髄を溶かすような砂糖の甘みが優しく包み込んでいる。

「あ、甘い……! なのに後味はスッキリとしていて、香ばしい……! 冷たい液体が、熱い胃の腑に落ちていくのがわかる……!」

 ゴクゴクゴクッ! プハァッ!!

 ユリウスは、一滴残らず瓶を空け、恍惚の表情で天井を仰いだ。

「……我が帝国は、救われたのだな……」

「ああ。資源さえ送れば、帝国の民もいつかこの『珈琲牛乳』を飲める日が来る。お前は名君だよ、ユリウス」

「父上ぇぇぇ……っ!!」

 ユリウスは空の瓶を握りしめ、ボロボロと男泣きした。

 敗北感は、もう微塵もなかった。あるのは、この圧倒的なQOL(生活の質)を自国に持ち帰れるという、希望と感動だけだった。

 こうして、ガレリア帝国の現皇帝は、スーパー銭湯と一本のコーヒー牛乳によって、完全にエデンの熱烈なフランチャイズ加盟店(信奉者)へとクラスチェンジを果たしたのであった。

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