第100話 祝祭の騒音と、夜空を彩る解像度
エデン領の中央広場は、狂乱の渦にあった。
公式には「王都を追放された公爵家三男の辺境領地」に過ぎないこの場所で、今日は新住民(勇者パーティや難民たち)の歓迎を兼ねた、領内親睦会という名のどんちゃん騒ぎが行われている。
「さあ、焼き立てだぜ! エデン名物、二度揚げ唐揚げとキンキンに冷えた生エールだ!」
元騎士科首席のレオナルドが、満面の笑みでジョッキを並べる。
その横では、元・ガレリア帝国皇帝ヴァレリウスが、土木作業員のタオルを首に巻きながら「このソースの焦げた匂い、天下を獲るに等しい味だな!」と、夏の祭りで完全に味を占めた屋台の焼きそばを一心不乱に啜っていた。
広場の片隅では、商業ギルド長のドン・カルロと実務官キースが、氷を浮かべた冷たいコーラで乾杯していた。
「領主様が『自分が楽をするため』に生み出す技術が、結果としてこれほど多くの民を救い、王都や帝国の要人を次々と骨抜きにするとはな。最高の喜劇だ」
「違いありません。私は魔導タブレットで在庫管理の残業が減ればそれでいいのですがね。……カルロ殿、王都の貴族がエデンのチョコに積んだ金貨、また倍になりましたよ」
「フフフ。この『快適さ』という病の致死量は、とうの昔に超えていますな」
熱狂する領民たち。肉とソースの焼ける匂い。歓声と笑い声。
一方、その騒ぎの元凶であるアルリックは、領主館の防音ガラスの向こう側で、深いため息をついていた。
「……うるさいなぁ。せっかく静かに二度寝しようと思ったのに。あの騒ぎ、どうやったら手っ取り早く黙るかな。……ああ、夏の終わりに屋敷の裏に設置した『全自動花火打ち上げシステム』を使おう」
アルリックは少し考えると、ベッドに寝転がったまま手元のコンソールを操作した。
広場の四隅に設置された円筒形の巨大な魔導具が、夜空に向けて一斉に仰角を取る。
(解像度を上げろ。……夏の祭りで最適化した金属塩の配合比率データをロード。火薬の燃焼で上空へ打ち上げ、熱エネルギーで励起状態へ遷移させる。……群衆を強制的に沈黙させる、多段式炎色反応だ)
――ドォォォォォンッ!!
腹の底に響く重低音と共に、夜空に巨大な「光の大輪」が咲き誇った。
ストロンチウムの情熱的な赤。
銅の透き通るような青。
バリウムの目に痛いほどの鮮烈な緑。
星空を覆い尽くすほどの高解像度な『特大打ち上げ花火』の乱舞に、広場の喧騒が、まるで水を打ったようにピタリと静まり返った。
「な、なんだあの魔法は……!? 空に宝石が散らばったようだわ!」
先日エデンに堕ちたばかりの元・勇者パーティの魔導師ルナが、手に持っていた唐揚げを落としそうになりながら空を見上げる。隣では聖騎士ガウェインが、信じられないものを見る目で口を半開きにしていた。
「ふふ。何度見ても、アルリック様の花火は特別ですわね」
一方、すっかりエデンの古参となった聖女エレノアは、驚くルナたちを微笑ましく見守りながら、優雅に夜空を見上げていた。
王も、勇者も、皇帝も、そして名もなき領民たちも。
誰もが夜空を彩る圧倒的な光の暴力に魅入られていた。不味い飯、泥濘、寒さ。かつて彼らを苦しめていた不快なノイズのすべてが、この光によって完全に過去のものとして上書きされたのだ。
「領主様、万歳! エデン最高ォォォッ!!」
「領主様! もっとサボって、俺たちを豊かにしてくれぇぇぇっ!!」
数秒の静寂の後、広場から地響きのような、意味不明な称賛の歓声が巻き起こった。
「……よし、みんな花火に夢中になったな。これで静かに眠れる」
アルリックは外の熱狂などどこ吹く風で、フカフカの最新型スライムベッドに潜り込み、首に巻いた皇帝オコジョの神獣・ブランの温かい腹に顔を埋めた。
「キュゥ……」
自らの安眠と我欲を満たすために創り上げたこの小さな箱庭は、意図せずして世界で最も狂った、しかし最も幸福な楽園となっていた。
アルリックの飽くなきQOL追求は、さらなる高解像度の未来――とりあえず明日の朝食のメニュー――へと続いていくのである。




