小さな成功と小さな失敗
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
それは、偶然に近かった。
哲人が気づいたのは、駅前の掲示板だった。
イベント告知、迷子のお知らせ、古いポスターの重なり。
その一角だけ、紙の端が不自然に重なっている。
「……あれ?」
手帳を片手に、彼は一歩近づいた。
ポスターを一枚、めくる。
その下に、さらに一枚。
日付が違う。内容も微妙に違う。
「同じイベント……?」
だが、記憶に引っかかる。
――この祭り、去年は“中止”じゃなかったか?
哲人は、急いで手帳を開いた。
『駅前掲示板。
同一イベントの告知が二種類存在。
どちらも“正しい顔”をしている』
「憂、これ……」
振り返ると、彼女はすでに状況を理解しているようだった。
「うん。重なってる」
「重なってる、って……」
「消えかけた過去と、残った現在」
憂は、掲示板を見つめたまま言う。
「珍しい。
こんなにはっきり見えるのは」
哲人の胸が、少し高鳴った。
「ってことはさ、これ……」
彼は、スマートフォンを取り出した。
「撮れる?」
一枚目。
二枚目。
掲示板全体。
シャッター音が、軽く響く。
画面を確認すると――
「……ある」
写真の中には、確かに二種類の告知が写っていた。
「やった……!」
思わず声が漏れる。
「初めてだ。
“違和感”が、ちゃんと残った」
憂も、わずかに目を見開いた。
「すごい」
「だろ?」
哲人は、少し誇らしげに笑う。
「記録、成功だ」
だが。
その直後だった。
背後で、紙を剥がす音がした。
振り向くと、駅員らしき男性が、掲示板の整理をしている。
「すみませんね、古いの剥がしますよー」
「あ、ちょ、待ってください!」
哲人が声を上げるより早く。
一枚、また一枚。
重なっていた告知は、あっさり剥がされ、
ゴミ袋の中へ消えた。
掲示板には、何も残らない。
「……」
哲人は、言葉を失った。
駅員は、何事もなかったように去っていく。
「今の……」
「うん」
憂は、静かに頷く。
「“修正”された」
哲人は、急いでスマートフォンを見る。
さっき撮った写真。
――そこには。
一種類の告知しか写っていなかった。
「……消えた」
喉が、ひりつく。
「写真も、ダメか」
「完全じゃない、ってこと」
憂は、責めるでも慰めるでもなく言う。
「残る時もある。
でも、条件はまだ分からない」
哲人は、深く息を吐いた。
「一瞬、いけると思ったのに」
「でも」
憂は、彼の手帳を指差す。
「それは、残ってる」
哲人は、はっとしてページを見る。
そこには、確かに自分の字がある。
二種類の告知。
重なり。
消失。
「……本当だ」
紙の上の文字は、何も変わっていない。
「写真は消えた。
でも、記録は残った」
「うん」
憂は、静かに微笑んだ。
「小さな成功と、小さな失敗」
哲人は、苦笑する。
「どっちも味わえるとは思わなかった」
「でも」
憂は、空を見上げる。
「進んでる」
それは、慰めではなかった。
事実だった。
哲人は、手帳を閉じる。
「……よし」
「?」
「次は、“消されにくい形”を探そう」
彼の目には、さっきまでなかった光が宿っていた。
成功は一瞬。
失敗は鮮明。
それでも。
“何も分からない”場所から、
一歩だけ、確かに前に出た。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




