静かな戦いへ…
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
夜が明けきらないうちに、星舟は再び動き出した。
焚き火の跡は、すでに片付けられている。
灰は風に散り、そこに人が集っていた痕跡はほとんど残っていない。
「……変な夢、見なかった?」
通路を歩きながら、タケルがあくび混じりに言った。
「夢?」
哲人は首をかしげる。
「うん。なんかさ、誰かと話してた気がするんだけど、内容が思い出せなくて」
「それ、夢じゃなくない?」
ルーナが端末を操作しながら口を挟む。
「私も似た感じ。
会話じゃないけど……“一緒にいた”感覚だけ残ってる」
哲人の胸が、わずかに締めつけられた。
「……俺は、見なかった」
正確には、見なかったというより――
見えなかった、に近い。
だが、その代わりに。
理由のない落ち着きだけが、胸に残っている。
ブリッジに入ると、ルシアンとマリアがすでに配置についていた。
「起きたか」
ルシアンが短く言う。
「ええ」
マリアは、いつも通りの表情だ。
だが、その目の奥には、かすかな緊張があった。
「状況が動きました」
「教団?」
「間接的に」
マリアは、モニターを切り替える。
「佐賀県内で、昨夜から今朝にかけて、
“説明不能な違和感”の報告が増えている」
画面には、断片的な情報が並ぶ。
・目印だった建物が、思い出せない
・毎日通る道を、一瞬迷った
・知っているはずの名前が、口から出てこない
「……地味だな」
タケルが言う。
「ええ」
マリアは頷いた。
「でも、危険よ」
「どうして?」
哲人が問う。
「これは“奪う”兆候だから」
マリアは言葉を選びながら続ける。
「教団は、力で壊さない。
記憶も、存在も……
“薄くする”」
「薄く?」
「そう。
誰にも気づかれない程度に、少しずつ」
ルシアンが補足する。
「薄くなったものは、抵抗しない」
ブリッジに、短い沈黙が落ちた。
「……俺たちにできることは?」
哲人が、真っ直ぐに聞いた。
「ある」
マリアは、彼を見る。
「“覚えている側”として、動くこと」
「覚えてる側……」
「違和感を、違和感のままにしない」
彼女は静かに言った。
「記録する。
話す。
共有する」
「都市伝説みたいだな」
タケルが苦笑する。
「まさに、それよ」
マリアは少しだけ微笑んだ。
「都市伝説は、忘却に対抗するための
人間なりの“保存方法”だから」
哲人は、昨日消えた小道を思い出した。
見えなくなっても、
確かに“あった”という感覚。
「……じゃあ」
彼は、決意を込めて言う。
「俺がやる」
「何を?」
「記録」
哲人は、カメラバッグに手を置いた。
「映像でも、写真でも、言葉でもいい。
残せるものは、全部」
ルシアンは、ゆっくりと頷いた。
「いい判断だ」
「ただし」
マリアが続ける。
「目立ちすぎないこと。
教団は、“気づかれること”も利用する」
「難しいな」
「ええ」
マリアは、視線をモニターに戻す。
「だから、これは静かな戦いになる」
星舟は、進路を佐賀市内へと向けた。
派手な戦闘も、轟音もない。
だが――
世界の“輪郭”を守る戦いが、
確実に始まっていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




