焚き火は静かに燃え続ける
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
焚き火は、小さかった。
星舟の外。
簡易的に設営された野営地の片隅で、炎は音もなく揺れている。
夜風は穏やかで、空には星が多い。
だが、その星の配置が、どこか落ち着かない。
「……変ね」
マリアは、膝を抱えたまま呟いた。
向かい側では、ルシアンが静かに薪を足している。
火は大きくならない。ただ、一定の大きさを保ち続ける。
「何がだ?」
「この焚き火」
マリアは炎を見つめた。
「熱はあるのに、記憶に残らない感じがする」
ルシアンは手を止めた。
「記憶?」
「ええ。
普通、焚き火って、あとで思い出すでしょう。
匂いとか、音とか、誰が何を言ったか」
彼女は小さく息を吐く。
「でもこれは……
“今”しか存在していない気がする」
「それは……」
ルシアンは、少し考えてから言った。
「境界に近いからだろう」
「やっぱり」
マリアは頷いた。
「ここは、完全に現実でもない。
でも、異界とも言い切れない」
炎が、ぱちりと音を立てた。
その瞬間、マリアの脳裏に、何かが浮かびかける。
――誰かが、ここにいた。
「……」
彼女は、思わず目を伏せた。
「どうした?」
「いいえ」
マリアは首を振る。
「思い出しかけた、気がしただけ」
「誰の?」
「分からない」
それが、何より奇妙だった。
人の顔でも、声でもない。
ただ、“いた”という感覚だけが、胸に残る。
「でも、不安じゃない」
マリアは、そう付け足した。
「むしろ……安心する」
「安心?」
「ええ」
彼女は、焚き火に手をかざす。
「ここで、誰かと話した気がする。
内容は分からないけど……
悪い話じゃなかった」
ルシアンは、炎を見つめたまま言う。
「それで十分だ」
「え?」
「覚えていなくても、
“悪くなかった”という感情だけ残るなら」
彼は静かに続けた。
「それは、失われた記憶じゃない。
役目を終えた記憶だ」
マリアは、少しだけ目を見開いた。
「……あなた、たまに鋭いこと言うわね」
「たまに、な」
ルシアンは、わずかに笑った。
そのとき、風が吹き、焚き火が揺れた。
炎の向こう側に、一瞬だけ――
誰かの影が、座っているように見えた。
マリアは、目を凝らす。
だが次の瞬間には、もう何もいない。
「……」
「見えたか?」
「いいえ」
マリアは、首を振った。
「何も」
それは、嘘ではなかった。
だが、真実でもない。
焚き火は、静かに燃え続ける。
誰も語らない。
誰も確かめない。
それでも、その夜の温度だけは、
確かにそこにあった。
後になって、思い出せなくなるとしても。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




