消され始める逃げ道
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
朝の佐賀市内は、いつもと変わらない顔をしていた。
通学路を急ぐ学生。
コンビニ前で立ち話をする会社員。
ニュースでは、天気と交通情報が淡々と流れている。
――何も起きていない。
少なくとも、表面上は。
「なあ、哲人」
歩きながら、タケルがスマホを掲げた。
「これ、見た?」
「なに?」
哲人はカメラバッグを肩にかけたまま、画面を覗き込む。
『佐賀市某所にて“消える道”を見た人が続出』
『通ったはずの路地が、帰りには存在しなかった』
「また都市伝説かよ」
「だよな。
でもさ」
タケルは指で画面をスクロールする。
「投稿時間、全部“昨日の夜”なんだ」
「昨日……」
哲人は、ふと空を見上げた。
星舟が上空にいた、あの時間帯。
「偶然にしちゃ、固まってるな」
「だろ?」
「位置情報は?」
「それがさ……」
タケルは首をかしげた。
「全部、微妙にズレてる。
同じ場所のはずなのに、ピンが一致しない」
哲人の背中を、嫌な予感がなぞった。
「……“なかったこと”にされてる」
「え?」
「いや、なんでもない」
哲人は足を止め、周囲を見回す。
何の変哲もない住宅街。
だが――
「ここ、前からこんな道あったっけ?」
「どれ?」
「この……細い坂」
二人の視線の先に、一本の小道があった。
電柱とブロック塀の隙間に、無理やり作られたような道。
「知らねーな」
タケルは即答した。
「通学路じゃないし」
哲人は、無意識に一歩踏み出しかけて、止まった。
胸の奥が、ざわつく。
「……やめとく」
「え、行かないの?」
「うん」
理由は説明できない。
だが――
「今は、行かない方がいい」
そのとき、背後から声がした。
「賢明ね」
振り返ると、マリアが立っていた。
「マリアさん!?」
「偶然よ」
そう言いながら、彼女は道の先を一瞥する。
「そこ、今は“半端な状態”なの」
「半端?」
「完全な異界でもない。
現実でもない」
マリアは、哲人を見る。
「踏み込んだら、戻れなくなる可能性がある」
「……教団?」
「ええ」
彼女は小さく頷いた。
「直接は何もしていない。
ただ、“気づかせる種”を蒔いてる」
タケルが眉をひそめる。
「性格悪いな」
「向こうにとっては、礼儀正しいやり方よ」
マリアは苦笑した。
「派手に壊すより、
“人が勝手に踏み外す”方が効率的だから」
そのとき。
「……あ」
哲人が、小さく声を漏らした。
細い坂道が――
気づかないうちに、消えていた。
「え、ちょ、さっきまで……」
タケルが目をこする。
「あったよな?」
「ええ」
マリアは静かに言った。
「だから“消える道”」
周囲の誰も、気づいていない。
通行人は、当たり前のように歩いている。
哲人は、胸の奥が冷えるのを感じた。
「これが……日常から来る異変」
「そう」
マリアは歩き出す。
「教団は、こちらを直接叩かない。
“選ばせる”の」
「何を?」
「踏み込むか。
忘れるか」
哲人は、消えた場所をもう一度見た。
「……忘れない」
彼は、はっきりと言った。
「少なくとも、俺は」
マリアは一瞬だけ、優しく目を細めた。
「それでいい」
空は、相変わらず青い。
だがその下で、
世界は静かに“逃げ道”を消し始めていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




