試される日常
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
薄暗い地下空間に、かすかな水音が響いていた。
石壁は滑らかすぎるほどに削られ、天井は高い。
だが、どこか“完成していない”印象を残す場所だった。
中央の円陣の中で、ローブ姿の男が一人、立っている。
「……見つけたか」
その声は低く、感情の起伏を感じさせない。
周囲に控える信徒たちは、誰一人として顔を上げない。
「はい」
ひとりが膝をついたまま答える。
「星舟を確認。
例の地点――“通路跡”の上空で停止しました」
「そうか」
男――ナイは、ゆっくりと視線を上げた。
「やはり、あれは“気づく”」
「封印は……?」
「破られてはいない」
ナイは淡く笑う。
「破られるほど、彼らは愚かではない。
だが――」
彼は、円陣の中心に置かれた古い石板に指先を触れた。
「触れずに通る、という選択をした。
それ自体が、世界への干渉だ」
石板の文様が、かすかに脈動する。
「“通り道”は、通られることで目を覚ます」
信徒のひとりが、躊躇いながら問う。
「では、計画を前倒しに?」
「いや」
ナイは首を横に振った。
「まだ早い。
彼らは、真ん中を避けた」
「中心に近づくほど、彼女が――」
「そう」
ナイの視線が、闇の奥を射抜く。
「思い出す」
その言葉に、信徒たちは息を呑んだ。
「だが、思い出すのは“彼女”だけではない」
ナイは、ゆっくりと歩き出す。
「人は、忘れたものほど
“理由もなく惹かれる”」
「では……」
「次は、“人の側”から揺さぶる」
ナイの声は、穏やかだった。
「遺跡ではない。
星でもない。
――日常だ」
信徒たちがざわめく。
「日常……?」
「ええ」
ナイは立ち止まり、振り返った。
「偶然。
噂。
取るに足らない都市伝説」
彼は、楽しげに目を細める。
「そういうものが一番、境界を薄くする」
石板の光が、一瞬だけ強まった。
「準備を。
次は、彼らが“逃げられない場所”で会おう」
地下空間に、再び静寂が戻る。
⸻
その頃。
星舟のブリッジでは、マリアがひとり、モニターを見つめていた。
「……来るわね」
誰に言うでもなく、そう呟く。
彼女の背後で、扉が開いた。
「マリア?」
ルシアンだった。
「休まないのか」
「ええ。今は」
マリアは画面を消し、振り返る。
「“向こう”が、こちらを試し始めた」
「どこから?」
「日常よ」
ルシアンは、わずかに目を細めた。
「一番、厄介だな」
「ええ」
マリアは小さく笑った。
「だから、哲人くんたちには
まだ全部は話さない」
「……いい判断だ」
「彼は、“気づく側”の人間だから」
星舟は、夜空を静かに進んでいく。
何も起きていない。
だからこそ――
世界は、確実に動き始めていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




