異変の通り道…
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
地表に近づくにつれ、星舟の外殻を流れる光がわずかに歪み始めた。
「視界補正、ズレてる……」
ルーナがモニターを操作しながら眉をひそめる。
「機器の不調じゃない。空間の“折れ方”がおかしい」
星舟は、佐賀平野の上空――ごく限られた地点で減速していた。
下には、夜明け直前の田畑と、ぽつりと残る古い林。その中心に、説明のつかない“空白”がある。
「ここだ」
ルシアンが静かに言う。
「地図上では何もない。ただの空き地……いや、正確には」
マリアが情報を引き継ぐ。
「“何度も用途変更されて、その度に記録から消えている場所”」
「消えてるって、どういう……」
哲人が身を乗り出す。
「あるはずのものが、ずっと“なかったこと”にされてる」
「嫌な場所だな」
タケルが肩をすくめる。
「幽霊屋敷より性質が悪い」
星舟は着陸態勢に入らず、上空で静止した。
「直接降りない」
ルシアンの判断は早い。
「まず“見る”。触れるのは最後だ」
「賛成です」
マリアも頷く。
「ここは、人が踏み込むほどに“世界の側が反応する”」
そのときだった。
「……あれ?」
哲人の声が、ブリッジに響く。
「どうした?」
「いや……林の奥に、何か……」
彼の視線の先。
モニターには、風に揺れる木々しか映っていない。
だが――
「確かに見えた。
石段みたいな……」
憂が、ゆっくりと顔を上げた。
「見えた?」
哲人は、彼女を見た。
「うん。ほんの一瞬だけど」
マリアが即座に反応する。
「同調してる……」
「誰と?」
「場所と、よ」
マリアは憂を見つめた。
「この地点は、かつて“境界”だった可能性が高い。
完全に封じられたわけじゃない。
“忘れられることで保たれている”タイプの」
「忘れられることで……」
哲人は、胸の奥に引っかかる感覚を覚えた。
「都市伝説に、似てる」
「でしょうね」
マリアは微笑みもしない。
「だから残る。
語られないのに、消えない」
ルーナが、別の波形を拾う。
「……来ます」
「何が?」
「通信。
でも、電波じゃない」
モニターに、ノイズとも模様ともつかない揺らぎが走った。
「教団だ」
ルシアンが低く言う。
「こっちを“見ている”」
次の瞬間、空間が――軋んだ。
衝撃はない。音もない。
ただ、視界が一瞬“裏返る”。
「うわっ!」
哲人が思わず声を上げる。
「今の、何!?」
「警告」
マリアの声は冷静だった。
「“深入りするな”っていう、ね」
憂のペンダントが、はっきりと光る。
「……ここは、まだ」
彼女は小さく呟いた。
「“始まりの前”」
「前?」
哲人が聞き返す。
「ここは……」
憂は言葉を探すように、一瞬目を伏せてから続けた。
「“通り道”だった場所。
でも今は、誰も通らない。
だから、世界が眠ってる」
その言葉と同時に、揺らぎは収まった。
モニターの林は、ただの林に戻る。
「……撤退する」
ルシアンが決断する。
「情報は十分だ」
「え、行かないの?」
哲人が驚く。
「今行っても、“起きてないもの”を起こすだけだ」
「それに」
マリアが続けた。
「教団は、まだ“全力を出していない”。
これは、次の舞台への前振りよ」
星舟は、静かに高度を上げ始めた。
哲人は、窓越しに下を見た。
もう何も見えない。
なのに――
胸の奥だけが、妙に落ち着かなかった。
「……ねえ」
彼は憂に、小さく声をかける。
「さっき言ってた“通り道”ってさ……」
憂は、少しだけ首を振った。
「今は、まだ言えない」
「そっか」
哲人は、それ以上聞かなかった。
星舟が空へ戻る中、
地上の“何もない場所”は、再び静寂に包まれる。
だが確かに――
世界は、次に“何を思い出すか”を選び始めていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




