始まりの予兆
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
夜明け前の空は、まだ藍色を保っていた。
星舟のブリッジでは、いつもより静かな緊張が流れている。
計器に映る数値は正常。警報も出ていない。だが――それが逆に、不気味だった。
「……何も、起きていないのに」
ルーナが小さく呟く。
モニターを睨む彼女の指先が、わずかに止まっていた。
「いや、“何も起きていない”のがおかしい」
マリアが一歩前に出る。
彼女の視線は、数値そのものではなく、その“揃いすぎ”を見ていた。
「重力波、通信ノイズ、空間揺らぎ……全部、理想値に近すぎる」
「整いすぎ、ってことか?」
タケルが首をかしげる。
「そう。自然現象は、こんなに行儀よくならない」
その瞬間だった。
船体全体が、ぎしりと音を立てた。
「揺れた!?」
哲人が反射的に座席を掴む。
だが衝撃は一瞬で消え、再び何事もなかったかのような静寂が戻る。
「外部からの攻撃じゃない」
ルシアンが短く言った。
「……“空間そのもの”が、撫でられたような揺れだ」
「撫でられた、って……」
哲人が言いかけたところで、ルーナが叫ぶ。
「局地的な異変、検知! 地表側です!」
モニターに映し出されたのは、佐賀平野の一角。
ごく限られた範囲だけ、空気の屈折が歪んでいる。
「これ……見覚えがある」
哲人の胸が、ざわりと騒いだ。
「都市伝説で聞いたことがある。
“何も起きない場所で、何かが起きている気がする”ってやつ」
「最悪のタイプだな、それ」
タケルが苦笑する。
「人間の感覚だけが、先に異変を拾うやつだ」
憂は、静かに画面を見つめていた。
碧いペンダントが、微かに脈打つ。
「……近い」
「何が?」
哲人が問い返す。
「“境目”が。
まだ開いていないけれど、触れられている」
その言葉に、マリアの表情が硬くなる。
「教団ね」
「確定か?」
「ええ。
“完全に起動させないまま、世界に圧をかける”やり方……」
マリアは、言葉を選びながら続けた。
「これは儀式じゃない。
“準備運動”よ」
星舟のブリッジに、短い沈黙が落ちる。
「つまり……」
哲人が息を飲む。
「これから、本格的に始まるってことか」
ルシアンは頷いた。
「始まった、ではない。
“見える形で始めさせられた”んだ」
彼は操舵席に手を置く。
「ここから先は、静かに進むほど危険になる」
「じゃあ、どうする?」
タケルが聞く。
「動く」
即答だった。
「敵が“触れるだけ”で済ませている間に、
こちらは“確かめに行く”」
ルシアンの目が、地表を映すモニターに向けられる。
「世界が何に触れられたのかを、先に知る」
星舟が、ゆっくりと進路を変えた。
まだ大きな爆発も、派手な戦闘も起きていない。
だが――確実に。
世界は、次の段階へ足を踏み入れていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




