【第5章】判断する星舟
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
星舟が動き出したのは、朝が完全に定着してからだった。
霧はすでに消え、空は高く澄んでいる。
それなのに、船内の空気だけが、わずかに張りつめていた。
ブリッジでは、ルーナが計器を確認している。
「外部異常なし。重力・気圧・空間歪曲も通常範囲」
「なのに、落ち着かないな」
タケルが椅子にもたれながら言った。
「こういう時って、大抵ろくなことが起きないんだよ」
「それは、あなたが余計なことを言うからです」
マリアが淡々と返す。
だが、その視線はモニターから離れていなかった。
彼女も感じている。
“何も起きていないのに、進んでいる”という感覚を。
「進路は?」
ルシアンの声が、ブリッジを引き締める。
「予定通り。次の調査地点へ向かっています」
マリアが答える。
「ただし……」
「ただし?」
「星舟が、わずかに先読みをしています」
哲人は、その言葉に反応した。
「先読み?」
「通常は、人の判断を補助する程度ですが……今は違う」
マリアは言葉を選ぶ。
「まるで、“これから起きること”を前提に航路を整えているようです」
「星舟が、勝手に?」
タケルが眉をひそめる。
「正確には、“自律判断”です」
ルシアンは静かに言った。
「星舟は、状況が複雑になるほど、独自の最適解を導く」
「でも、それって――」
哲人は言いかけて、言葉を止めた。
考えたくなかったが、浮かんでしまった。
「……俺たちが、選ばされてるみたいだ」
ブリッジが、一瞬だけ静まる。
誰も否定しなかった。
憂は、少し離れた場所で窓の外を見ている。
彼女は、星舟の動きに身を委ねるように、静かだった。
「憂」
哲人が声をかける。
彼女は振り向き、少し考えてから言った。
「星舟は、正しいよ」
「正しい?」
「うん。正しいけど……優しくはない」
その言葉が、胸に残った。
正しいが、優しくない。
それは、今まで何度も向き合ってきた現実だった。
「だからこそ、私たちがいる」
ルシアンが言う。
「星舟は道を示す。だが、進む理由を決めるのは人だ」
マリアが、別のモニターを開いた。
「反応を検知しました」
「無貌教団か?」
「断定はできません。ただ――」
映し出されたのは、都市部から少し外れた地点。
古い遺構と、新しい建造物が入り混じった場所だった。
「“人が集まり始めています”」
ルーナが補足する。
「理由は不明。でも、噂が動いてる」
「都市伝説、か」
哲人は小さく呟いた。
ここに来て、原点に戻るような響きだった。
「哲人」
ルシアンが彼を見る。
「行くか?」
問いかけだった。
命令ではない。
哲人は、一瞬だけ迷い、そして頷いた。
「行きます」
理由は、はっきりしている。
知らないまま進むより、確かめたい。
星舟が減速し、進路を微調整する。
外の景色が、少しずつ変わっていく。
都市の喧騒。
その裏に潜む、静かなざわめき。
哲人は、胸の奥にあった違和感が、形を持ち始めるのを感じていた。
まだ、名前はない。
だが、確実に――
次の出来事は、もう目の前まで来ていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




