集中する歪み、動き出す星舟
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
星舟の進路に、目に見えない“偏り”が生じ始めたのは、その日の観測が三巡目に入った頃だった。
異常値と呼ぶには微妙で、誤差として処理することもできる。
だが、それを「いつも通り」と切り捨てるには、積み重なり方が不自然だった。
「歪度指数、また僅かに上がっています」
マリアの報告に、ブリッジの空気が引き締まる。
彼女自身は平静を保っていたが、内心では昨夜の夢が、どこかで引っかかっていた。
数値は小さい。
しかし、増減のリズムが“星舟側の補正”と噛み合っていない。
「局地的じゃないな」
哲人がモニターを見つめながら言った。
彼の視線は数字ではなく、推移の“癖”を追っている。
「進路全体に、ゆっくり圧がかかってる感じだ」
「外部干渉ですか?」
「断定はできない。でも――自然現象にしては、意思を感じる」
その言葉に、誰もすぐには反応しなかった。
“意思”という単語は、この星舟において決して比喩ではない。
星舟は、ただの機械ではない。
人と世界の間に置かれた、曖昧な存在だ。
「星舟自身の反応は?」
シャーロットの問いに、マリアは即座に答える。
「制御系は正常。ただし……補正判断の応答が、いつもより遅いです」
その瞬間、ブリッジに短い沈黙が落ちた。
星舟が“迷っている”。
それは、過去に一度しか観測されていない状態だった。
「判断を外部に委ねてる可能性があるわね」
シャーロットは腕を組み、ゆっくり息を吐いた。
「あるいは――選択を先送りにしてる」
「星舟が?」
タケルの声には、半分冗談、半分本気が混じっていた。
「……あり得なくはない」
哲人は否定しなかった。
「この船は、最初から“答えを持たない設計”だ。人が乗る前提で作られている」
マリアは、操舵席に手を置いた。
冷たい感触。夢の中と同じだ。
だが、今は誰もいないわけではない。
「判断を急がせると、どうなりますか」
「歪みを無理やり押し返すことになる。短期的には安定するけど……」
「長期的には?」
「星舟自身が、判断する機会を失う」
その言葉が、胸に残った。
マリアは、ふと気づく。
昨夜の夢で感じた“覚悟”と、今の状況が、どこか重なっていることに。
「……待つ、という選択は?」
自分でも意外なほど、落ち着いた声だった。
全員の視線が、彼女に集まる。
「歪みが致命的になる前に、星舟自身に判断させる。時間はかかるけど、壊れにくい」
「賭けになるわね」
「はい。でも――星舟は、まだ終わっていない」
その言葉に、哲人が小さく笑った。
「同感だ」
シャーロットは数秒考え、頷く。
「じゃあ決まりね。強制補正は保留。観測精度を上げて、判断を待つ」
決断は、静かだった。
だが、その静けさの裏で、星舟は確かに“考えている”。
歪みは、すぐには消えなかった。
しかし、進路は崩れなかった。
それだけで、十分だった。
マリアは、モニター越しに星の流れを見つめる。
誰もいない夢のブリッジとは違い、ここには仲間がいる。
そして、星舟もまた――一人ではない。
(大丈夫)
理由は分からない。
それでも、その感覚だけは確かだった。
航行は、続く。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




