動き出す教団
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
地下は、音を吸い込むように静かだった。
石と金属が混ざり合った通路を、黒衣の集団が迷いなく進んでいく。
彼らは走らない。
急ぐ必要がないことを知っているからだ。
「……確認しました」
低い声が、空間に溶ける。
報告を受けた男――ナイと名乗る存在は、ゆっくりと顔を上げた。
「歪みが、複数に分岐した?」
「はい。星舟が一度、座標を固定した痕跡があります」
ナイは微かに笑った。
口角が動いただけで、表情はほとんど変わらない。
「なるほど。彼らは“見た”が、“選ばなかった”」
「問題でしょうか」
「いいや。むしろ望ましい」
彼は歩き出す。
背後に続く者たちは、言葉を待つことなく従った。
「力とは、使われるためにあると思われがちだ。しかし違う。真に価値があるのは——」
足を止め、振り返る。
「使わずに済むほどの力だ」
部下の一人が、わずかに眉をひそめる。
「……星舟ノア・レムリアを、脅威と見ますか?」
「現時点では違う」
ナイは否定した。
「彼らはまだ“物語の外”にいる。選択を迫られていない」
彼は指を一本立てる。
「だが、必ず内側へ来る。なぜなら——」
その指先が、空中に描くように動く。
「世界は、放っておけば静止しない。歪みは広がり、やがて“理由”を求め始める」
別の部下が口を挟む。
「では、次の手は?」
「揺らす」
即答だった。
「壊さず、奪わず、直接触れない。ただ揺らす。彼らが“選ばざるを得ない”状況を作る」
ナイの視線が、奥の祭壇へ向く。
そこには、古びた装置と、意味を失った紋様が並んでいる。
「座標を一点に絞れ」
「ですが、それは——」
「構わない。真実である必要はない」
ナイは静かに告げた。
「人は、“意味があると信じた場所”に引き寄せられる」
その言葉と同時に、装置が低く唸りを上げた。
光ではない。音でもない。だが、確かに“何か”が動き始めている。
「彼らが選ばなかった道を、こちらから“問い”として差し出す」
ナイは目を閉じる。
「答えは、まだ要らない」
地下空間に、低い振動が広がっていく。
それは星舟が感知した歪みとは別の、しかし確実に同系統の揺れだった。
地上では、誰もそれに気づかない。
ただ、世界のどこかで、説明のつかない違和感が増え始めている。
選択は、まだ先だ。
だが、準備は整いつつあった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




