理由がない場所
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
星舟ノア・レムリアは、静かに減速していた。
加速時の鋭さとは対照的に、停止へ向かう動きは慎重で、まるで空間そのものに気遣っているかのようだった。
ブリッジの表示は安定している。
だが、それは「安全」を意味していなかった。
「……座標、固定完了」
マリアの声は落ち着いているが、指先は止まらない。
表示される数値は正常範囲に収まっている。それでも、彼女は納得していない様子だった。
「ここ、何もないわね」
「“何もない”のに、呼ばれた感じがするんだろ?」
タケルの言葉に、ルシアンが短く頷く。
「だから止めた。敵影がないのに、ここまで歪みが集中するのは異常だ」
哲人は、ブリッジの後方で窓の外を見ていた。
星空は変わらない。いつも通りの黒と光の点在。だが、どこか落ち着かない。
——昼間の場所と、似ている。
そう思った瞬間、自分でその考えを打ち消した。
似ているのは風景ではない。感覚だ。
「……この反応、教団ですか?」
哲人の問いに、マリアは即答しなかった。
「可能性はある。でも、教団ならもっと“意図”が出るはずよ。これは……」
言葉を探すように、一瞬だけ視線を泳がせる。
「座標そのものが、揺れてる」
ルーナが補足する。
「通信も航路も問題ないのに、“ここ”にいるとだけ分かる。逆に言えば、ここに“理由”がない」
理由がない場所。
それなのに、確かに“何かがあった痕跡”だけが残っている。
「……行き止まり、ってことですか」
哲人の呟きに、ルシアンが静かに答えた。
「いや。行き止まりじゃない。分岐だ」
操舵席の前に、簡易ホログラムが展開される。
星舟が検知した歪みは、ここを起点に、細い糸のようにいくつも伸びていた。
「選ばれなかった道が、残ってる」
その言葉に、ブリッジが静まり返る。
「使われなかった力。動かなかった意志。触れられなかった可能性……そういうものが、ここに溜まってる」
ルシアンは淡々と説明するが、その内容は重かった。
「じゃあ、ここには……」
タケルが言いかけて、口を閉じる。
「何も起きなかった場所、ってこと?」
「違う」
マリアが首を振った。
「“起きなかった”んじゃない。“起こさなかった”」
その言葉に、哲人は息を呑んだ。
憂の方を見ると、彼女は変わらず窓の外を見つめている。だが、その横顔は、どこか遠かった。
「……行きますか?」
哲人の問いは、誰に向けたものでもなかった。
「いいえ」
答えたのは、ルシアンだった。
「今日はここまでだ。深入りする理由がない」
「でも——」
「理由ができた時に、来ればいい」
その判断に、誰も異を唱えなかった。
星舟はゆっくりと進路を変更し、歪みの中心から距離を取る。
離れていくにつれ、数値は安定し、星空はいつもの姿を取り戻した。
それでも、哲人の胸の奥には、はっきりと残るものがあった。
——あの場所は、答えをくれなかった。
だが、問いだけは確かに残した。
星舟ノア・レムリアは再び航行を続ける。
選ばれなかった道を背に、まだ選べる未来へ向かって。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




