落ち着いていない世界
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
その日の夜、星舟ノア・レムリアのブリッジは、いつになく静かだった。
機関の低い振動音と、計器の表示が淡々と明滅するだけで、誰も無駄口を叩こうとしない。
哲人は、窓の向こうに広がる夜空を眺めていた。
昼間の出来事が、まだ胸の奥に薄く残っている。思い出そうとすればするほど、形を失う感覚だけが強くなるのが、かえって気味が悪かった。
「……考え込むタイプじゃなかっただろ」
声をかけてきたのはルシアンだった。
操舵席から半身だけ振り返り、哲人の表情を一瞥する。
「いえ、まあ……ちょっと、気になることがあって」
「答えが出ない類か」
「はい」
ルシアンはそれ以上踏み込まず、短く頷いた。
代わりに、ブリッジ全体に響く声で指示を出す。
「マリア、周辺宙域の再スキャンを」
「了解。……妙ね」
マリアの指が止まる。
表示されたホログラムを拡大し、眉をひそめた。
「反応が、増えてる。自然発生のノイズにしては規則性があるわ」
「教団か?」
「断定はできないけど……嫌な感じはするわね」
その言葉に、ブリッジの空気が一段引き締まった。
哲人も自然と姿勢を正す。
星舟が感知しているのは、艦影ではない。
通信でも、兵器でもない。
――“歪み”に近い、説明しづらい反応だった。
「最近、多いな……こういうの」
タケルがぼそりと呟く。
「世界が落ち着いてない証拠よ」
マリアは即答した。
「力が動いた後は、必ず揺り戻しが来る。教団が完全に沈黙したわけじゃない以上、なおさらね」
その瞬間、ブリッジの照明が一瞬だけ揺れた。
警告音が短く鳴る。
「来るぞ」
ルシアンの声が低く響いた。
次の瞬間、星舟全体がわずかに軋んだ。
攻撃ではない。だが、空間そのものが押し歪められたような感触が走る。
「局地的な空間干渉!」
「座標固定、急いで!」
マリアとルーナが同時に操作を始める。
表示される数値が安定せず、ノア・レムリアはその場で踏みとどまるように振動を続けた。
哲人は無意識に、隣を見た。
憂は静かに座っている。表情は変わらないが、その視線は遠く、何かを見定めているようだった。
「……これ、昼間の場所と関係ありますか?」
思わず口に出た言葉に、マリアが一瞬だけこちらを見る。
「断言はできない。でも——」
言葉を切り、画面に表示された一点を指した。
「“起点”が、複数に増えてる。まるで、何かを探しているみたい」
探している。
何を?
哲人の胸に、昼間と同じ違和感が走った。
今度は、はっきりとした形を持たないまま。
「進路変更だ」
ルシアンが即断する。
「深入りはしない。だが、無視もできない。次の一手を打つための情報が要る」
星舟は静かに方向を変え、歪みの縁をなぞるように移動を開始した。
誰も口にしなかったが、全員が理解していた。
これは偶発的な現象ではない。
世界のどこかで、何かが再び動き始めている。
その中心がどこなのか、
そして、何を求めているのか——
まだ、誰にも分からなかった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




