変わりつつある形
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
それは、偶然ではなかった。
世界各地の異常が沈静化し始めてから、わずか数時間後。
星舟ノア・レムリアのブリッジに、新たなデータが集まり始める。
「……これは」
マリアが、珍しく言葉を選ぶように黙り込んだ。
彼女の前に浮かぶホログラムには、先ほどまでの“異常地点”とは別の情報が重ねられている。
宗教団体の資金移動。
匿名口座の整理。
各地の信者ネットワークの、急激な再編。
「撤退、ではありません」
静かに、マリアが言った。
「再配置です」
ルシアンは、すぐに理解した。
「撒いた火種を回収しながら、
“次に燃やす場所”を選んでいる」
「ええ。
しかも、かなり大胆に」
映し出されたのは、ひとつの地域。
これまで教団の活動がほとんど確認されていなかった、空白地帯だった。
「……ここ、ですよね」
哲人が眉をひそめる。
「都市伝説も少ないし、遺跡も目立たない。
むしろ“普通すぎる”場所だ」
「だからこそです」
マリアは頷いた。
「恐怖も、信仰も、
“何もない場所”ほど入り込みやすい」
ルシアンは腕を組み、ゆっくりと息を吐いた。
無貌教団は、もう実験を終えている。
次は、本番だ。
「狙いは……」
言いかけて、彼は言葉を切った。
「……いや。
“狙い”というより、“形”だな」
「形?」
哲人が聞き返す。
「彼らは、何かを呼び出すつもりだ」
その一言で、ブリッジの空気が変わった。
「破壊兵器、ですか?」
哲人の声には、緊張が滲む。
「いいや」
ルシアンは首を横に振った。
「もっと厄介だ。
――“意味を持つ存在”だ」
憂の指先が、微かに震えた。
彼女は何も言わない。
だが、その反応だけで十分だった。
「……人の心に、形を与える存在」
憂が、ようやく口を開く。
「恐怖でも、希望でもなく。
“それらをまとめて信じさせるもの”」
哲人は、思わず背筋が寒くなるのを感じた。
それは、怪物でも神でもない。
“概念”そのものだ。
「教団が信仰を集めている理由が、見えてきたな」
ルシアンの声は低い。
「彼らは、最初から戦争をするつもりはなかった。
世界に“受け入れさせる準備”をしていた」
星舟ノア・レムリアは、まだ動けない。
大きな力を、ここで使うことはできない。
「……止められますか」
哲人の問いは、切実だった。
「止める」
ルシアンは即答した。
「ただし、正面からじゃない」
マリアが、新たな資料を投影する。
「対象地域に、教団の“核”は存在しません。
現地にいるのは、末端と――受け皿です」
「つまり」
「“形になる前”なら、崩せます」
その言葉に、憂が静かに息を吸った。
「……私が、近づく必要は?」
ブリッジの全員が、彼女を見る。
ルシアンは、しばらく考え込んでから答えた。
「まだ、だ。
君が出るのは、最後の最後でいい」
それは、彼女を守るためでもあり、
同時に――世界を守るためでもあった。
哲人は、拳を握りしめる。
また一歩、深い場所へ踏み込んでしまった。
だが、戻る道はない。
「準備しよう」
ルシアンの言葉が、艦内に響く。
「次は、
こちらが“止めに行く番”だ」
星々は変わらず、静かに輝いている。
だがその裏側で、
世界は確実に、形を変え始めていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




