封印とは、眠りの形をしている
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
夜明け前の吉野ヶ里は、世界から切り離されたように静かだった。
空はまだ群青色で、東の端がわずかに白み始めている。
草の上には露が降り、踏みしめるたび、かすかな水音がした。
僕は、無意識のうちに胸元へ視線を落としていた。
――憂のレムリア。
彼女の首元で揺れる碧宙色の宝石は、ここ数日、妙に静かだった。
光ることも、熱を持つこともない。ただ、そこに「在る」だけ。
それが、かえって不安だった。
「……ねえ、哲人」
隣を歩く憂が、静かに口を開く。
「私、最近……夢を見るの」
「夢?」
僕は、歩調を合わせた。
「うん。知らない場所。空がなくて、下もなくて……でも、すごくうるさいの」
彼女は、少し言葉を探すように間を置いた。
「たくさんの声が、重なってる。でも、意味は分からない」
胸が、ざわりとする。
「それって……怖い?」
「……怖い、というより」
憂は、困ったように微笑んだ。
「懐かしい、が一番近いかも」
懐かしい。
その言葉は、これまで何度も彼女の口から聞いた。
けれど今回は、どこか違っていた。
それは、思い出し始めている人の言葉だった。
「理事長は?」
少し前を歩くマックスに、僕は声をかけた。
「本部に戻った」
「何か……言ってましたか」
「“眠っているものは、起こさなければならない場合もある”と」
その言葉に、レオが舌打ちする。
「嫌な言い回しだ」
「だが事実だ」
マックスは振り返らない。
「封印とは、永遠を約束するものじゃない」
僕は、その言葉を噛みしめた。
封印。
眠り。
忘却。
それらは、すべて同じ形をしているのかもしれない。
――“今は触れない”という選択。
「……私ね」
憂が、ふいに足を止めた。
僕も立ち止まる。
「もし、全部思い出したら……どうなるのかな」
その問いに、すぐ答えられなかった。
マックスとレオも、黙っている。
「神様だったら」
憂は、空を見上げる。
「人じゃなくなる、よね」
その言葉は、とても静かだった。
でも、胸を抉るには十分だった。
「……そんなの、決めつけだ」
僕は、思わず強く言ってしまう。
「思い出しても、神でも、憂は憂だ」
彼女は、少し驚いたように僕を見る。
そして、ゆっくりと笑った。
「ありがとう。でも……哲人は、優しすぎる」
その優しさが、いつか傷になると知っているような笑顔だった。
その瞬間。
憂の胸元で、レムリアが淡く光った。
星舟が眠る地下の方向から、低い振動が伝わってくる。
大地が、呼吸するように、ゆっくりと。
「……起動じゃない」
マックスが即座に判断する。
「自己確認だ。封印の状態を、内部から確認している」
「誰が?」
レオが問う。
マックスは、答えなかった。
けれど、視線ははっきりと、憂に向いていた。
彼女は、胸に手を当て、静かに目を閉じる。
「……大丈夫」
その声は、不思議と落ち着いていた。
「まだ、私は“ここ”にいる」
ここ。
人の世界。
哲人の隣。
星舟は、再び沈黙する。
封印は、まだ解けていない。
神話は、まだ完全には動いていない。
けれど、確かに――
眠りは、いつか終わる前提で存在している。
その事実だけが、はっきりと残った。
夜が明ける。
新しい朝の光の中で、僕は思った。
もし、この眠りが終わる日が来るなら――
その時、僕は、どんな言葉を選ぶのだろう、と。
物語は静かに始まった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




