観測者は、笑っている
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
星舟の前に立ったまま、僕たちはしばらく動けずにいた。
巨大な船体は、光を失ったあと、再び完全な沈黙へと戻っている。
まるで――目を開けかけて、また眠り直したかのようだった。
「起動条件が違うな」
マックスが低く呟く。
「レムリアの技術は、単なる操作じゃ動かない。たぶん……“資格”が必要だ」
その視線が、自然と憂へ向く。
憂は、自分の胸元に手を当て、不安そうに宝石を見つめていた。
「私……触っちゃ、いけなかった?」
「いや」
レオが首を振る。
「むしろ逆だ。お前が触れなきゃ、反応すら起きなかった」
その言葉に、憂は小さく息を呑む。
――まただ。
彼女の存在が、少しずつ“普通”からズレていく。
僕は、胸の奥に生まれる違和感から目を逸らすように、周囲を見回した。
その時だった。
「――見事だ」
どこからともなく、拍手の音が響いた。
乾いた、感情のない拍手。
「本当に見事だよ。まさか、この時代で“星舟”に辿り着くとはね」
空間が、歪んだ。
闇の中から、ゆっくりと人影が滲み出てくる。
白いスーツ。穏やかな微笑み。人間と何ひとつ変わらない姿。
けれど、その存在を視界に捉えた瞬間、背筋が凍った。
「……ナイ」
マックスが、初めて感情を滲ませた声で名を呼ぶ。
「おや。知ってるとは光栄だ」
男は軽く会釈する。
「もっとも、今の私は“ただの観測者”だけどね」
観測者。
その言葉が、空気を冷やす。
「目的は何だ」
レオが一歩前に出る。
「星舟か。レムリアか。それとも――」
「それとも、彼女?」
ナイの視線が、憂へと移る。
憂は、反射的に僕の背後へ隠れた。
その小さな動作に、男は楽しそうに目を細める。
「ああ……いいね。その怯え方。やはり、器は器だ」
器。
その一言に、胸が焼けるように熱くなる。
「憂は、物じゃない!」
僕は、叫んでいた。
男は一瞬だけ驚いたような顔をし、すぐに笑った。
「安心したまえ。今は、何もしない」
「……今は?」
「うん。今は」
彼は星舟を一瞥する。
「封印は、まだ完璧だ。裁きの光も、目覚めていない」
その言葉に、マックスとレオが同時に反応した。
「裁きの光……」
「やはり知っているか」
ナイは、指を鳴らす。
「でも勘違いしないでほしい。私は“起こしたい”わけじゃない」
「……じゃあ、何が目的だ」
マックスの問いに、男は肩をすくめた。
「観測だよ。物語が、どこへ転ぶのかをね」
そして、憂を真っ直ぐに見つめる。
「君が、いつ“思い出す”のか」
憂の身体が、びくりと震えた。
「……思い出す?」
「そう。君が、神だった頃のことを」
その瞬間、憂の瞳に、かすかな光が走る。
頭痛に耐えるように、彼女はこめかみを押さえた。
「やめて……!」
僕は、思わず彼女を抱き寄せた。
「触るな!」
ナイは、満足そうに頷く。
「いい反応だ。やはり、純粋な愛はノイズになる」
ノイズ。
――僕の存在は、彼にとって“計算外”なのか。
「今日は、これでいい」
男の身体が、再び闇に溶け始める。
「星舟は、まだ眠っている。彼女も、まだ神じゃない」
消え際に、彼は微笑んだ。
「でも安心して。目覚めの瞬間は、必ず来る」
空間が、元に戻る。
重苦しい沈黙だけが残った。
憂は、僕の胸に顔を埋めたまま、震えている。
「……哲人。怖い」
「大丈夫だ」
僕は、そう言うことしかできなかった。
「僕が、守る」
それが、どれほど無力な言葉か、分かっていながら。
星舟は、まだ眠っている。
けれど、確かに――
“観測”は始まってしまったのだ。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




