星舟は、まだ眠っている
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
吉野ヶ里の夜は、不思議と静かだった。
昼間は観光客で賑わうその場所も、日が落ちると、虫の声と風の音だけが残る。空気はひんやりとして、土の匂いが濃くなる。
――ここは、ただの遺跡じゃない。
僕は、そう思わずにはいられなかった。
シャーロット財団の車両が去ってから、しばらくの間、誰も口を開かなかった。
憂は僕の少し後ろを歩き、視線を地面に落としている。その横顔は、どこか遠くを見ているようだった。
「……ねえ、哲人」
やがて、彼女が小さく声をかけてきた。
「ここ、前にも来たことがある気がするの」
胸が、きゅっと締めつけられる。
「記憶、戻った?」
「ううん。何も思い出せない。でも……懐かしい。すごく、怖いのに、懐かしい」
怖い、という言葉に、僕は足を止めた。
「怖いって?」
憂は少し考えてから、首を横に振った。
「うまく言えない。ただ……ここで、たくさんの人が眠ってる気がする」
眠っている。
その言い方が、なぜか胸に残った。
僕たちは、以前見つけた地下構造の入口へ向かっていた。
シャーロット財団が調査を進めている以上、ここも近いうちに完全封鎖されるかもしれない。だから、今のうちに――という、半ば衝動に近い判断だった。
「また勝手に潜るのかい?」
背後から、軽い調子の声が飛んできた。
「理事長に怒られますよ、ボス」
振り返ると、闇の中から二つの影が現れる。
「マックス……レオ……」
シャーロット財団の理事長――朝宮シャーロットの右腕たち。
参謀役のマックスと、パワー枠のレオ。二人とも相変わらず、場違いなほど落ち着いていた。
「安心しな。今回は“公式業務”だ」
マックスが肩をすくめる。
「理事長命令。『少年と少女を、見失うな』だそうだ」
監視なのか、護衛なのか。
その境界が曖昧な言い方に、僕は内心で息を呑んだ。
「……ここに、何があるんですか」
僕がそう尋ねると、マックスは一瞬だけ、言葉を選ぶような間を置いた。
「君たちが“見つけたもの”より、もっと大きなものだ」
その視線が、遺跡の奥へと向く。
「レムリア人が、この星に来たときに使った――“舟”だ」
舟。
その言葉を聞いた瞬間、憂の身体が、わずかに震えた。
「……星舟」
彼女が、誰にも聞こえないほど小さな声で、そう呟く。
「え?」
「……ごめん。今の、忘れて」
でも、僕は聞いてしまった。
星舟。
ただの言葉のはずなのに、その響きは、胸の奥に沈んでいくようだった。
地下へ降りる階段は、以前よりも深く続いていた。
壁面には、土と石だけでなく、明らかに“人工的”な金属の痕跡が混じっている。
「これ……」
思わず声が漏れる。
「ロストテクノロジーだな」
レオが低く唸った。
「しかも、俺たちの知ってるどの文明とも違う」
やがて、空間が開ける。
そこにあったのは――巨大な影だった。
円筒状の船体。
滑らかな装甲。
まるで遺跡そのものに飲み込まれるように、静かに横たわるその姿は、眠っている獣のようにも見えた。
「……これが」
僕は、言葉を失った。
「星舟……」
憂が、今度ははっきりとその名を口にした。
次の瞬間だった。
彼女の胸元で、碧宙色の宝石――レムリアが、淡く光を放った。
呼応するように、星舟の表面に、微細な光の線が走る。
「起動反応……?」
マックスが即座に一歩前へ出る。
「違う。これは――“呼ばれている”」
憂は、無意識のまま、星舟へと歩み寄っていた。
「待って、憂!」
僕が呼び止めると、彼女は振り返り、少し困ったように笑った。
「大丈夫。……怖くない」
その笑顔が、どうしてか、ひどく切なかった。
「ここは……私の“帰る場所”じゃない。でも……知ってる場所」
星舟は、まだ完全には目覚めない。
けれど確かに、何かが始まりつつある。
その気配を、僕たちは皆、感じ取っていた。
そして同時に――
この舟が目覚めたとき、世界はもう、元には戻らないのだと。
星舟は、静かに眠り続けている。
嵐の前の、あまりにも静かな夜の中で。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




