選ばされる側
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
夜明け前の空は、色を失っていた。
薄い灰色が地平線に滲み、朝とも夜ともつかない時間が続いている。
眠れないまま迎えたこの時間帯が、僕はあまり好きじゃない。
頭の中で、昨日のシャーロットの言葉が何度も反芻される。
――今日から、私たちはあなたたちの“敵”になります。
理屈は分かる。
必要な選択だったのだとも、理解はしている。
それでも、胸の奥に残る感情だけは、どうしても整理できなかった。
隣の部屋から、微かな物音がした。
憂だ。
僕は静かにドアを開ける。
彼女はベッドに腰掛け、レムリアを両手で包み込むように持っていた。
目は伏せられ、唇はきつく結ばれている。
「……起こした?」
「いや。僕も起きてた」
憂は少しだけ、安心したように息を吐いた。
「ねえ、哲人」
その声は、いつもより弱い。
「私がここにいることで、世界が壊れていく気がするの」
言葉が、胸に刺さる。
「壊れてない」
そう言い切る自信はなかった。
それでも、否定せずにはいられなかった。
「壊れてるのは、世界の方だ」
憂は、驚いたように僕を見る。
「……それ、慰め?」
「違う」
自分でも驚くほど、声が真剣だった。
「もし壊れるなら、最初から歪んでたんだ。
憂が来たから壊れたんじゃない」
憂は何も言わず、ただ宝石を見つめる。
レムリアは沈黙している。
まるで、彼女の問いに答える資格がないとでも言うように。
その時、通信端末が震えた。
レオからだ。
『哲人、すぐ確認してほしい』
映像が切り替わる。
そこに映っていたのは、ニュース映像だった。
シャーロット財団の車両が、研究施設の封鎖線を突破し、強引に内部へ侵入している。
警告音。怒号。混乱。
『……完全に敵役だ』
レオの声には、わずかな苦味が混じっていた。
「こんなことまで……」
僕は唇を噛む。
『向こうの狙いは明確だ』
レオは淡々と続ける。
『ナイ側に、“財団が力を奪いに来た”と思わせる』
映像の端に、シャーロットの姿が映った。
彼女は冷たい表情で指示を出している。
それは、昨日までの“味方”の顔じゃなかった。
「……それで、僕たちは?」
僕の問いに、レオは一瞬だけ言葉を選んだ。
『表に出るな』
短い指示。
『特に、憂は』
憂の肩が、びくりと揺れた。
「やっぱり……」
彼女は自分の腕を抱きしめる。
「私、隠れなきゃいけない存在なんだ」
「違う!」
思わず声を荒げていた。
「守るためだ!」
沈黙。
憂は、ゆっくりと顔を上げた。
「……哲人は、どうしたいの?」
その問いは、今までとは違った。
助けを求める声じゃない。
確認でもない。
選択を、委ねている声だった。
僕は言葉を失う。
今まで、選ばされていたのは憂だった。
世界に、財団に、神話に。
でも今、選ばされているのは――僕だ。
「……そばにいる」
時間をかけて、ようやく口にした答え。
「隠れろって言われても、敵だって言われても、
僕は、憂のそばにいる」
それは、正義でも使命でもない。
ただの、個人的な選択。
憂の目に、涙が滲んだ。
「……それ、ずるい」
「そうかも」
小さく笑う。
「でも、僕はずっと、ずるいんだと思う」
レムリアが、微かに光った。
それは、励ましでも警告でもない。
ただ、事実を記録するような光。
――人は、神話の前で選ぶ。
夜が明ける。
世界は何事もなかったかのように、動き出す。
けれど、僕は知っている。
今日この瞬間、
神話よりも先に、一人の人間が選択したということを。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




