祭り上げられる名
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
噂が、
一晩で町を覆った。
風よりも速く。
雨よりも静かに。
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「昨日、あの場所にいた少年が――」
「祈りを鎮めたらしい」
「裁きが、止んだんだって」
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僕は、
その中心にいた。
望んだわけじゃない。
ただ、
逃げ遅れただけだ。
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朝の通学路。
視線が、
刺さる。
好奇と、畏怖と、
期待。
どれも、
重すぎる。
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「……哲人くん、だよね?」
知らない声。
振り向くと、
中年の女性が立っていた。
手を合わせている。
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「……あの」
「ありがとう」
深く、頭を下げられる。
「息子が……昨夜から、落ち着いて……」
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「ち、違います……」
慌てて、否定する。
「僕は……」
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言葉が、
続かなかった。
否定する理由を、説明できない。
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人が、集まり始める。
「本当だ……」
「この子だ……」
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(……やめろ……)
足が、
後ずさる。
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『素晴らしい』
影の声。
『神話は、人の手で完成する』
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「……やめろ……!」
声に出して、
叫んでいた。
人々が、
困惑した顔で見る。
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その瞬間。
空気が、
変わった。
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黒い車列が、
通りを封鎖する。
無機質な動き。
訓練された、無駄のない配置。
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「……財団……」
誰かが、
小さく呟いた。
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シャーロット財団。
その名が、
緊張を呼ぶ。
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車のドアが、
静かに開く。
現れたのは――
シャーロットだった。
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黒いスーツ。
感情を削ぎ落とした表情。
「対象者、確保します」
淡々とした声。
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「……ちょっと待ってください!」
誰かが、
叫ぶ。
「この子は……!」
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「関係ありません」
シャーロットは、
視線を動かさない。
「危険性が確認されました」
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(……嘘だ……)
喉が、
締め付けられる。
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マックスが、
一歩前に出る。
「……哲人」
低い声。
「抵抗するな」
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「……マックスさん……」
目が、合う。
一瞬だけ。
迷いが、そこにあった。
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だが、
彼は目を逸らした。
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連行される。
その途中。
人々の声が、
背中に突き刺さる。
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「連れていかないで!」
「救いの星だ!」
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胸が、
裂けそうだった。
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同時刻。
隔離区画。
憂は、
突然、胸を押さえた。
「……哲人……!」
息が、
荒くなる。
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視界に、
彼が連れていかれる光景。
黒い車。
無表情な人々。
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「……違う……」
震える声。
「彼は……神じゃない……」
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『だが、人はそうは思わない』
影が、
冷静に言う。
『信仰は、真実を必要としない』
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憂は、
立ち上がろうとして、崩れ落ちた。
「……やめて……」
涙が、
床に落ちる。
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『止める方法は、一つ』
影は、
囁く。
『君が、立つことだ』
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「……立たない……」
必死に、首を振る。
「……私は……人間……」
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『なら、彼は奪われる』
冷たい断定。
『神の代役として』
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心臓が、
締め付けられる。
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「……やめて……」
小さな声。
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だが。
その声は、
誰にも届かない。
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収容車の中。
僕は、
手錠の冷たさを感じていた。
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(……どうして……)
問いは、
宙に浮く。
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窓の外。
町が、
遠ざかる。
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誰かが、
神話を求め。
誰かが、
裁きを恐れ。
その中心に、
僕が置かれた。
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神話は、
もう止まらない。
それでも。
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遠くで。
確かに、
彼女の声が聞こえた気がした。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




