触れてはならない奇跡
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
雨は、止まなかった。
夜の町を覆う水音が、
まるで世界そのものの鼓動のように続いている。
テントの周囲には、
人が増えていた。
傘を差す者。
濡れるのも構わず立ち尽くす者。
皆、
同じ方向を見つめている。
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白い衣の人物が、
静かに両手を掲げた。
「恐れることは、ありません」
声は、穏やかで、
優しく、
逆らうという発想を奪う声だった。
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「今から、奇跡をお見せしましょう」
ざわめきが、
期待に変わる。
僕の胸が、
嫌な音を立てて鳴った。
(……やめろ)
根拠はない。
ただ、
見てはいけないと、
体が警告している。
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その時。
人混みの中から、
一人の老婆が前へ進み出た。
足取りは、覚束ない。
白衣の人物が、
静かに頷く。
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「あなたは、長く痛みに苦しんでいますね」
老婆の目が、
見開かれる。
「……なぜ、それを……」
「星は、すべてを知っています」
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次の瞬間。
白衣の人物が、
そっと指を伸ばした。
触れる――
その直前。
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空気が、
震えた。
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碧い光が、
一瞬だけ、灯る。
雷ではない。
人工の光でもない。
空間そのものが、発光した。
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「……あ……」
老婆の口から、
息が漏れる。
彼女は、
ゆっくりと背筋を伸ばした。
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「……痛く、ない……?」
震える声。
そして――
涙。
「……痛くない……!」
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群衆が、
どよめいた。
歓声。
祈り。
感謝の言葉。
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「奇跡だ……」
「神様だ……!」
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僕は、
その場に立ち尽くしていた。
(……違う)
(……これは……)
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胸の奥が、
強く締め付けられる。
レムリアに触れていないのに、
何かが、呼応している。
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『どうだ』
声が、
すぐ隣で囁く。
『これが、神の力だ』
『君も、感じただろう?』
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「……感じたく、ない」
声が、
掠れる。
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『だが、世界は欲している』
『救いを』
『裁きを』
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視界の端で、
白衣の人物が、
こちらを見た。
その目は――
確信に満ちている。
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『君は、鍵だ』
『彼女に、最も近い存在』
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頭の中に、
憂の姿が浮かぶ。
隔離された部屋。
不安そうな瞳。
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「……利用するな……」
言葉が、
震える。
『利用?』
影は、
くすりと笑った。
『違う』
『正しい場所へ、導くだけだ』
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その瞬間。
視界が、
白く弾けた。
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隔離区画。
憂は、
床に膝をついていた。
息が、荒い。
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「……今の……」
胸元のレムリアが、
熱を帯びている。
遠くで起きたはずの出来事が、
感覚として、伝わってきた。
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誰かが、
癒やされた。
誰かが、
救われた。
その代わりに――
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「……何かが、削れた……」
理由は分からない。
だが、
確実に、何かを失った感覚。
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『それが、代償だ』
影が、
背後で囁く。
『神の力は、世界から奪う』
『均衡を、保つために』
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「……やめて……」
声が、
震える。
「そんなの……」
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『なら、目覚めるな』
影は、
冷酷だった。
『だが、目覚めなければ』
『彼は、守れない』
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「……哲人……」
名前を呼んだ瞬間。
胸が、
ひどく痛んだ。
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同時刻。
シャーロット財団・作戦室。
モニターには、
歓喜する群衆。
レオが、
冷静に報告する。
「……局地的な奇跡現象」
「精神依存レベル、急上昇」
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「……最悪だ」
マックスが、
低く唸る。
「完全に、神扱いじゃねぇか……」
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シャーロットは、
画面を見つめたまま言った。
「いいえ」
「まだよ」
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指を組む。
「本当の奇跡は、
まだ、起きていない」
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夜空で、
雷が鳴った。
だが、
誰も空を見なかった。
人々の視線は、
地上の“神”に釘付けだった。
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世界は、
確実に一歩、
踏み越えてしまった。
触れてはならない奇跡へ。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




