降下前夜
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
星舟ノア・レムリアは、地球の影に入っていた。
観測窓の外、青い輪郭はわずかに暗く、
夜と昼の境界がゆっくりと流れていく。
誰も、急いでいなかった。
降下準備は整っている。
計器も、座標も、完璧に近い。
それでも――
この時間だけは、誰も口を開かなかった。
憂は、デッキの縁に座っていた。
足をぶら下げ、ただ地球を見ている。
「……静かだね」
独り言のような声。
哲人が、少し離れたところで頷いた。
「嵐の前、ってやつかな」
「嵐……じゃない気もする」
憂は、視線を外さないまま言った。
「もっと……
気づかれないもの」
哲人は、返事を探しあぐねる。
「気づかれない、けど……
無視できない、みたいな?」
「うん」
それだけで、通じた。
ルーナは、観測窓の反対側で、端末を閉じる。
「降りたら、
すぐに何かが起きるわけじゃない」
それは確認でも、安心でもなかった。
「でも、
“起きなくなる理由”が、減っていく」
マリアは、少し遅れて現れた。
手には、何も持っていない。
解析官としてではなく、
一人の人間として、ここに来ていた。
「眠れた?」
憂の問いに、マリアは首を振る。
「ええ。
でも……」
少しだけ、言葉を探す。
「夢は、もう見なかった」
それは、悪い兆候ではなかった。
「決まった、ってこと?」
「たぶん」
マリアは、窓の外を見る。
「未来は、相変わらず複数ある。
でも……」
小さく息を吸う。
「見ないふりをする未来だけが、
消えた」
憂は、静かに笑った。
「それなら、大丈夫」
「どうして?」
「一番、つらい選択肢だったから」
ルシアンが、背後から近づいてくる。
「確認する」
その声は低く、穏やかだった。
「降下後、
君は“特別なこと”をしなくていい」
憂は、振り返る。
「……うん」
「世界を説得する必要もない」
「うん」
「正しい答えを、出さなくてもいい」
「……うん」
ルシアンは、最後に言った。
「そこにいることを、やめなければいい」
それだけだった。
憂は、立ち上がる。
足元が、ほんの少し震えた。
怖さは、消えていない。
それでも。
「……行こう」
夜の地球が、ゆっくりと近づいてくる。
誰かに呼ばれたわけでもない。
命じられたわけでもない。
ただ――
意味が、まだ残っているうちに。
星舟ノア・レムリアは、
静かに高度を下げ始めた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




