【第7章】世界は思い出しかけている
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
世界は、思い出しかけている
朝は、いつも通り訪れた。
通勤電車は遅れず、
ニュースは天気と渋滞情報を伝え、
人々は昨日と同じ速度で歩いている。
それでも――
どこかが、確かに違っていた。
「……あれ?」
佐賀市内。
通学途中の少女が、足を止める。
橋のたもとにあったはずの石碑。
子どもの頃から、ずっとそこにあったもの。
――名前は、何だっただろう。
視線を向けても、思い出せない。
「気にしたことがない」わけじゃない。
ただ、思い出そうとする理由が浮かばない。
少女は首を振り、歩き出した。
違和感は、そこで終わるはずだった。
だが。
同じ瞬間、
別の町で、
別の人が、
同じように立ち止まっていた。
星舟ノア・レムリア。
ブリッジの空気が、張り詰めている。
「……来ました」
ルーナの声が低く響く。
「異変、各地で同時発生。
規模は小さい。
でも――」
モニターに、無数の点が灯る。
「一致率が高すぎる」
マリアが、静かに解析を進めていた。
「現象はバラバラ。
忘れ物、言い淀み、立ち止まり……
でも、発生条件が同じ」
ルシアンが問い返す。
「条件とは?」
「“思い出そうとした瞬間”です」
その言葉に、誰もすぐには反応できなかった。
「忘却じゃない」
「遮断でもない」
マリアは、画面を切り替える。
「想起の途中で、引っかかっている」
哲人は、背筋が冷えるのを感じた。
「……世界が、考え込んでるみたいだ」
「近い表現ですね」
マリアは頷いた。
「世界が、自分の中身を
“確認し始めている”」
その頃、憂は――
ブリッジの外にいた。
観測デッキ。
透明な外殻越しに、地球が見える。
青く、美しく、
何一つ変わっていないように。
「……でも」
彼女は、小さく呟く。
「さっきから……
“思い出されかけてる”感じがする」
胸の奥が、わずかにざわつく。
呼ばれてはいない。
命じられてもいない。
それでも――
「私が、行くって決めたから?」
問いは、誰にも向けられていなかった。
その瞬間。
星舟全体が、ほんの一瞬だけ揺れた。
「空間応答!」
ルーナの声が鋭くなる。
「地球側からの――
自主的な再構成反応!」
マリアの目が、見開かれる。
「……始まった」
ルシアンは、静かに告げる。
「今の段階で、
世界はもう“壊れる”選択をしていない」
憂は、ゆっくりと振り返った。
「じゃあ……」
「ええ」
ルシアンは、彼女を見る。
「壊れないまま、変わる」
星図に、新しい波紋が広がる。
それは破壊ではない。
侵食でもない。
世界が、
自分自身に問い直している痕跡だった。
「……行く」
憂は、もう迷っていなかった。
「今度は、
守るためでも、
使われるためでもない」
一歩、前へ。
「世界が、思い出すのを手伝うために」
星舟ノア・レムリアは、
静かに降下準備へ入る。
それは、戦闘でも救済でもない。
世界が、自分で答えを出すための時間を、
守る行為だった。
――世界は、まだ思い出しきれていない。
だが、確かに。
思い出そうとしている。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




