事件未満の異変
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
星舟ノア・レムリアのブリッジは、いつもより静かだった。
警報は鳴っていない。
異常値も、閾値を越えていない。
それでも――
空気が、どこかおかしい。
「……データ、もう一度出して」
ルーナの声に、わずかな苛立ちが混じる。
「異常なし、のままです」
「それが変なの」
マリアは、別系統のログを呼び出していた。
「重力、因果、時間。
全部“正常”すぎる」
哲人が眉をひそめる。
「正常すぎる、って?」
「揺らぎがないの」
マリアは、淡々と説明する。
「世界って、本来もっとノイズがある。
人の選択、感情、偶然――
そういうものが、常に誤差を生む」
スクリーンに映る地球のモデルは、
不気味なほど滑らかだった。
「……意味の分布が、平坦化してる」
ルシアンが、低く言った。
全員が、彼を見る。
「事件も、回収も、干渉もない。
なのに、“重み”だけが減っている」
そのときだった。
憂が、ふと立ち止まる。
「……ねえ」
誰もが、息を止めた。
「私、さっきから……
いくつかの場所が、思い出せない」
「記憶障害?」
マリアが即座に問い返す。
「違う」
憂は、首を振った。
「覚えてる。
でも――」
言葉を探す。
「思い出そうとする理由が、消えてる」
哲人の胸に、嫌な感覚が走る。
「それって……」
「削られてる」
ルシアンは、即断した。
「場所じゃない。
人でもない」
彼は、星図を切り替える。
「意味だ」
画面に映し出されたのは、
世界各地の“生活圏”。
学校。
市場。
祭りの記録。
どれも存在している。
人も集まっている。
だが、数値が示す“関与度”が、
じわじわと下がっていた。
「誰も傷ついていない」
「誰も死んでいない」
「でも――」
ルーナが、声を落とす。
「大切にされなくなってる」
マリアは、静かに頷いた。
「教団は、世界を壊すのをやめた。
代わりに……」
「世界が“自分で壊れる”ようにしている」
ルシアンの言葉が、重く落ちる。
沈黙。
憂は、胸の奥に広がる不安を感じていた。
呼ばれてはいない。
使われてもいない。
それでも――
「……このままだと」
彼女は、小さく呟く。
「世界が、どうでもよくなる」
誰も、否定できなかった。
星舟は、まだ動かない。
だが今度は、
“動かない”こと自体が、
選択になりつつあった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




