選ばない意思
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
星舟ノア・レムリアは、まだ有明海上空へは移動していなかった。
ブリッジの外では、星々が静止したまま、まるで様子をうかがっているように見える。
誰も、軽々しく口を開けなかった。
「……時間は?」
ルシアンの問いに、ルーナが答える。
「現地時間で、三十分以内。
それを過ぎると、空間の“仮固定”が始まります」
「仮固定?」
「はい。一度そうなると――
“元の場所”という概念自体が、弱くなる」
哲人は、思わず拳を握った。
「じゃあ、助けられないってことですか」
「“戻す”のが、難しくなるだけです」
マリアの声は、淡々としていた。
「人は生きている。
生活も続けられる。
ただし――」
視線が、憂へ向く。
「世界が、一つ書き換わる」
その言葉は、重かった。
憂は、しばらく黙っていた。
床に映る星図の光が、彼女の足元で揺れている。
「……私」
小さな声だったが、全員が息を止めた。
「さっきから、ずっと考えてた」
憂は、ゆっくりと顔を上げる。
「助けたいか、助けたくないか、じゃない。
怖いか、怖くないかでもない」
一歩、前に出る。
「もし、私が動いたら――
教団は“正解”を得る」
マリアが、静かに頷いた。
「ええ。
あなたが“鍵として使える”と、確信する」
「でも、動かなかったら」
憂は、胸に手を当てた。
「助けられる人たちが、
“違う場所で生きる”ことになる」
哲人が、思わず声を上げる。
「それって……」
「死なない。でも、戻れない」
憂は、はっきり言った。
「どっちも、間違いじゃない。
だから――」
彼女は、ルシアンを見る。
「選びたくない」
沈黙。
「……それが、君の答えか?」
ルシアンは、否定も肯定もせず、問い返した。
憂は、首を振る。
「違う」
深く息を吸う。
「選ばされる形が、嫌」
その瞬間、空気が変わった。
「私が動くなら、
“救うため”じゃない」
視線が、星図へ向く。
「教団の用意した問いに、
答えるためでもない」
彼女は、はっきりと言った。
「私自身が、そこに行きたいと思える理由がないなら、行かない」
哲人は、胸が詰まった。
それは、自己犠牲でも、逃避でもない。
初めて聞く、主体的な拒否だった。
ルシアンは、ゆっくりと微笑んだ。
「……了解した」
「え?」
「これは、もう戦術の話じゃない」
彼は、操舵席へ向かって告げる。
「進路変更。
ただし――」
一拍置く。
「観測距離まで近づく」
ルーナが目を見開く。
「干渉はしない?」
「しない」
マリアが、すぐに理解したように頷いた。
「……“選ばない”という意思を、
世界に示す」
星舟は、静かに動き出す。
それは介入でも、撤退でもない。
第三の行動だった。
憂は、胸の奥で確かに感じていた。
呼び声は、まだある。
だが――
今は、応えない。
その選択が、
次に何を呼び寄せるのか。
それを知るのは、
まだ少し、先の話だった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




