始まる異変
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
夜明け前の海は、鏡のように静かだった。
佐賀県・有明海沿岸。
干潟に近い小さな漁港で、エンジン音だけが低く響いている。
「今日は凪だな」
初老の漁師が、空を見上げた。
雲は薄く、風もない。
――良すぎる。
若い漁師が、無意識に言葉を漏らす。
「……静かすぎません?」
「気のせいだ」
そう言いながら、年長の男も胸の奥に小さな違和感を抱えていた。
船が沖へ出て、しばらく経った頃。
海面に、円が現れた。
泡でも油膜でもない。
波を拒むように、海だけが“避けている”。
「……なんだ、あれ」
誰かが指を差す。
次の瞬間。
円の中心が、ゆっくりと沈んだ。
いや――
沈んだのではない。
海そのものが、引き抜かれた。
音はなかった。
衝撃もなかった。
ただ、水位だけが、あり得ないほど一瞬で変化する。
「舵が効かない!」
「エンジン、止まった!?」
船は、見えない斜面を滑るように傾いた。
叫び声。
波が、遅れて戻ってくる。
だが、その波は――
壊さない。
人も、船も、港も。
ただ、位置だけを変える。
気づいたとき、船は浅瀬に乗り上げ、
人々は全員、生きていた。
怪我人もいない。
破損も最小限。
だが。
「……海図が」
若い漁師が、震える声で言った。
「この場所、海じゃない」
そこは、確かに有明海だった。
だが、測位装置が示す座標は――
記録に存在しない。
⸻
同時刻。
星舟ノア・レムリア。
警告音が、遅れて鳴り響いた。
「重力異常、検知!」
「地球圏、局所空間変動!」
ルーナが叫ぶ。
「これ……今までの“回収”と違う!」
「事件として成立してる!」
マリアが、即座に解析を走らせる。
「破壊ゼロ。死者ゼロ。
でも――空間を書き換えられている」
ルシアンの表情が、一段引き締まる。
「場所は?」
「佐賀県沿岸部。
……吉野ヶ里と、同一座標系の“影”です」
一瞬の沈黙。
哲人が息を呑む。
「それって……」
「ええ」
マリアは、はっきりと言った。
「選択を迫る事件です。
放置すれば、世界は壊れない。
でも――」
「“元に戻らない”」
ルシアンは、静かに頷いた。
「教団の狙いは明白だ」
彼は、全員を見渡す。
「憂が動くか。
それとも――」
一拍置いて。
「動かないという選択を、貫くか」
憂は、何も言わなかった。
ただ、胸の奥に広がる感覚を、確かめていた。
怖さ。
懐かしさ。
そして――
呼ばれている、という感覚。
星舟は、まだ動かない。
だが、世界はすでに――
答えを待っていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




