疑念という名の楔
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
隔離室の前で、
僕は立ち尽くしていた。
透明なガラス越しに見えるのは、
白い部屋と、白いベッド。
そこに、憂はいない。
――連れて行かれた。
それだけで、胸の奥が冷たくなる。
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「……接触は禁止、か」
理事長の声が、
まだ耳に残っている。
公式で、冷静で、
感情の一切を排した声。
(あれが……本音?)
考えたくないのに、
考えてしまう。
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通路を歩くたび、
足音がやけに大きく響く。
研究員たちが、視線を逸らす。
――知っている。
僕が“特別扱いされていた”ことを。
そして、
それが終わったことも。
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地下二層、制御区画。
重い扉の前に、
屈強な男が立っていた。
「……マックスさん」
名前を呼ぶと、
彼は一瞬だけ、眉を動かした。
「通れねぇ」
短い言葉。
「中に……憂がいるんです」
「分かってる」
それでも、退かない。
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「どうしてですか」
問いかける声が、
自分でも驚くほど震えていた。
マックスは、視線を逸らした。
「……仕事だ」
それだけ。
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「シャーロット理事長の、命令ですか」
その名を出した瞬間、
空気が張り詰めた。
マックスは、
ぎゅっと拳を握る。
「……ああ」
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胸の奥で、
何かが軋んだ。
「じゃあ……」
言葉を探す。
「僕たちは、最初から――」
「やめろ」
低く、遮られる。
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「これ以上言うと」
マックスは、
苦しそうに言った。
「……俺が、耐えられねぇ」
その一言で、
これ以上踏み込めなかった。
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その頃。
別棟の深部。
憂は、
以前より狭い部屋にいた。
窓はない。
照明は低く、
空気は、ひどく静か。
(……本当に、隔離……)
胸元のレムリアが、
かすかに温かい。
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扉の向こうで、
足音が止まる。
入ってきたのは、
レオだった。
「……こんにちは、憂さん」
穏やかな声。
だが、距離は保たれている。
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「……私」
憂は、言葉を選ぶ。
「危険、なんですか?」
レオは、即答しなかった。
一拍。
「“可能性”がある」
それが、答えだった。
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「……それって」
「あなたが、という意味ではない」
レオは、視線を合わせる。
「あなたの中にある“もの”が、だ」
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胸が、締め付けられる。
「……私、何なんですか」
小さな声。
「神、なんですか」
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レオは、
わずかに目を伏せた。
「……その質問に、
今、答える権限はない」
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(やっぱり……)
影が、心に差す。
『ほら』
あの声が、
再び、囁く。
『彼らは、隠している』
『君を、兵器として見ている』
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「……哲人は?」
憂は、
思わず聞いていた。
レオの眉が、
ほんの少しだけ動く。
「……接触は、制限されている」
⸻
胸の奥が、
ひどく冷たくなる。
(信じて……いいの?)
(誰を……?)
⸻
同じ頃。
僕は、
研究棟の外に出ていた。
夕暮れが、空を染める。
赤と紫が混ざり合い、
不安定な色。
――嫌な予感の色だ。
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「……守るって、言ったのに」
誰に向けた言葉か、
分からない。
その時。
ポケットの中で、
端末が震えた。
⸻
《警告》
《未確認の宗教団体による活動報告》
《対象:佐賀県周辺》
画面を、睨む。
「……宗教?」
胸が、ざわつく。
⸻
遠くで、雷鳴が鳴った。
まだ雨は降らない。
けれど――
確実に、空気は変わっている。
⸻
隔離された少女。
敵として振る舞う財団。
忍び寄る、神話の残滓。
そして、
心に打ち込まれた疑念の楔。
それは、
ゆっくりと、確実に深くなる。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




