気づかない違和感
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
星舟の通路は、いつもより少しだけ静かだった。
哲人は、壁に背を預けながら歩いていた。
理由はない。急ぐ必要もない。
それなのに、足が止まる。
「……?」
胸の奥が、ちくりとする。
痛みではない。
不安とも違う。
“何かを忘れている気がする”――それに近い。
「哲人?」
振り返ると、憂がいた。
「どうかした?」
「いや……」
哲人は首を振る。
「なんでもない。たぶん」
そう答えながら、自分でも納得していないのが分かった。
憂は、少しだけ首を傾げる。
「……最近、こういうの多いね」
「え?」
「止まること」
哲人は、苦笑した。
「そんなに?」
「うん」
憂は、軽く指を組む。
「前は、面白そうなものがあったら一直線だったのに」
「それ、褒めてる?」
「半分は」
憂は、そう言って笑う。
その笑顔を見て、哲人の胸の違和感は少しだけ薄れた。
「憂は?」
「私は……」
憂は、言葉を探すように一瞬黙る。
「夢、見なかった?」
「夢?」
「うん。変なやつ」
哲人は、首を横に振った。
「見てないな。爆睡だったと思う」
「そっか」
憂は、それ以上は何も言わなかった。
だが、ペンダントに触れる指先が、わずかに硬い。
二人は、展望スペースに出る。
透明な隔壁の向こうに、星々が流れていた。
「なあ、憂」
「なに?」
「もしさ」
哲人は、言いかけて止まる。
“もし、全部終わったら”
“もし、元に戻ったら”
そういう言葉が、喉の奥で引っかかった。
「……いや、やっぱいい」
憂は、少し驚いたように瞬きをする。
「途中でやめるの、珍しいね」
「自分でもそう思う」
哲人は、頭をかいた。
「でも、今言うことじゃない気がして」
憂は、星空に視線を戻した。
「……それでいいと思う」
「え?」
「今、言葉にすると」
彼女は、静かに続ける。
「たぶん、形が変わっちゃうから」
哲人は、その意味を完全には理解できなかった。
けれど――
大事なことだ、という直感だけはあった。
その時。
星舟全体が、ごくわずかに揺れた。
警報は鳴らない。
異常表示もない。
それでも、空気が変わる。
「……来た」
憂が、小さく呟く。
「何が?」
「“さっきの”とは違う」
憂は、ペンダントから手を離した。
「今度は、ちゃんと人の側から」
哲人は、思わず身構える。
「敵?」
「まだ」
「じゃあ――」
言葉の続きを、艦内放送が遮った。
《全員に通達》
ルシアンの声。
《星舟の周囲で、未登録航跡を確認》
《数は一。接近速度、低》
《敵性反応は未確認》
《だが、無視はできない》
哲人と憂は、顔を見合わせる。
「……また、来たな」
哲人が言う。
憂は、少しだけ笑った。
「うん。でも」
彼女は、前を向いた。
「今度は、逃げなくていい気がする」
星舟は、ゆっくりと減速を始めた。
世界が、再び動き出す。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




