揺れた世界
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
無貌教団の拠点は、地下深くにあった。
岩盤を削り出しただけの空間。
装飾はなく、信仰の痕跡だけが壁に刻まれている。
中央の祭壇で、フードの男が目を細めた。
「……来たな」
その声は低く、感情を含まない。
周囲に控える者たちが、一斉に身を強張らせる。
「感知班、再確認を」
「はい……ですが、数値が安定しません」
「座標は?」
「出ません。代わりに……“反射”が」
男――ナイは、ゆっくりと笑った。
「世界が、揺れたか」
信徒の一人が、恐る恐る口を開く。
「それは……神の顕現でしょうか?」
「違う」
ナイは即座に否定した。
「これは顕現ではない。確認だ」
「確認……?」
「世界が、自分の支配下にあるものを数えている」
信徒たちは、理解できないまま頷く。
ナイは、祭壇に刻まれた古い紋様に手を置いた。
「碧い反応は、一つ」
「……やはり、あの少女」
「いいや」
ナイは、かすかに首を振る。
「まだ“少女”ではない」
空気が、冷える。
「目覚めかけているが、完全ではない」
「だからこそ、奪える」
「星舟は?」
「動いた」
ナイは楽しげに告げる。
「だが、逃げたわけではない」
「あれは……選んだだけだ」
信徒の一人が、拳を握る。
「では、追いますか?」
「いいや」
ナイは、ゆっくりと視線を上げた。
「追うのはこちらからではない」
「世界が、彼女を追う」
祭壇の奥で、微かな光が揺れた。
誰のものともつかない声が、空間に滲む。
《名を――》
その瞬間。
ナイは、指を鳴らした。
空間が歪み、声は途切れる。
「まだだ」
誰に言うでもなく、そう呟く。
「名は、最後まで取っておけ」
彼は、静かに笑った。
⸻
一方、星舟ノア・レムリア。
艦内は、奇妙な静けさに包まれていた。
何も起きていない。
だが、誰もが“何かを待っている”感覚を拭えない。
マリアは、ブリッジの隅で目を閉じていた。
ほんの一瞬。
視界が、暗転する。
――ブリッジ。
――誰もいない。
――椅子だけが、整然と並ぶ。
呼吸の音すら、存在しない。
「……っ」
マリアは、はっと目を開けた。
心臓が、早鐘を打っている。
「今の……」
ただの想像。
そう言い聞かせるには、妙に生々しい。
ルシアンが、振り返る。
「どうした?」
「……いいえ」
マリアは、小さく首を振った。
「気のせいです」
そう言いながら、彼女は理解していた。
これは夢ではない。
そして――
まだ、誰にも言うべきではない。
星舟は、静かに航行を続ける。
それぞれが、言葉にしない違和感を抱えたまま。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




