備える選択
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
星舟ノア・レムリアは、静かに軌道を変えていた。
大きな舵取りではない。
数値上では、誤差と呼ばれる程度の微調整。
だが、それは“自ら選んだ方向”だった。
ブリッジの床が、かすかに鳴る。
「……今の、感じた?」
カイが振り向く。
「感じたわね」
ルーナは端末から目を離さずに答えた。
「推進系は安定してる。でも、航法制御が……こちらの入力を待ってない」
「待ってない、ってどういう意味だ?」
「“すでに決めてる”って意味」
ブリッジに、短い沈黙が落ちる。
マリアが一歩前に出た。
「ルシアン。これは異常じゃない」
「分かっている」
ルシアンは、正面スクリーンを見つめたまま答える。
「星舟は、以前から“選択”をする艦だった」
「ええ。でも……」
マリアは言葉を切った。
「今回は、目的地が登録されていない」
その瞬間、哲人と憂がブリッジに入ってきた。
「今、いい?」
哲人の声に、全員が振り向く。
「……何か、変な感じがして」
「私も」
憂は胸元のペンダントを、そっと押さえていた。
「呼ばれてる、ってほどじゃないけど……」
「でも、知らない場所じゃない気がするの」
ルシアンは、二人を見つめる。
一瞬、言葉を選び。
「星舟が、進路を“思い出そうとしている”」
そう告げた。
「思い出す……?」
「正確には、“忘れていたものを避けながら近づいている”」
哲人は、眉をひそめた。
「……それ、余計に怖いんだけど」
タケルが腕を組む。
「でもさ、完全にヤバい感じなら、もっと派手に来るだろ?」
「今のところ、静かすぎる」
「それが一番危ないのよ」
マリアが静かに返す。
「嵐の前は、いつもこうだもの」
その時。
通信端末が、短く鳴った。
「……外部信号?」
ルーナの指が止まる。
「違う。これは……」
「通信じゃない。“反応”よ」
スクリーンに、点が一つ現れる。
座標不明。
発信源不明。
けれど、確かに“そこに在る”。
「敵か?」
カイが問う。
「……どちらでもない」
ルシアンは、低く答えた。
「これは、世界側の応答だ」
憂が、息を呑む。
「世界……?」
「ええ」
マリアが頷く。
「封印が緩み始める時、必ず起きる現象がある」
「世界そのものが、“確認”をしに来るの」
哲人は、知らず拳を握っていた。
「確認って……俺たちを?」
「いいえ」
マリアは、憂を見る。
「彼女を」
憂は何も言えなかった。
怖い、という感情はない。
ただ、懐かしさに似た違和感が胸に広がる。
「……行くの?」
哲人が、憂に問いかける。
憂は、少し考えてから首を振った。
「行かない」
はっきりとした声だった。
「今は、まだ」
その瞬間。
星舟の進路表示が、わずかに変化する。
座標点が、遠ざかった。
「……反応してる」
ルーナが驚いたように呟く。
ルシアンは、ゆっくりと笑った。
「決まったな」
「何が?」
「主導権は、こちらにある」
星舟は、再び静寂に包まれる。
だが全員が理解していた。
これは回避ではない。
**“次に備える選択”**だということを。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




