何かがそこにある
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
哲人は、理由もなく目を覚ました。
星舟ノア・レムリアの居住区。
照明は夜間モードのままで、薄青い光が壁をなぞっている。
「……夢、か?」
そう呟いたものの、何を見ていたのかは思い出せなかった。
ただ、胸の奥に、引っかいたような違和感だけが残っている。
隣のベッドを見る。
憂は、静かに眠っていた。
寝息は穏やかで、いつもと何も変わらない。
――なのに。
哲人は、自分でも理由が分からないまま、彼女から目を離せずにいた。
(……なんだよ、これ)
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
不安というほど強くはない。
けれど、懐かしさとも違う。
まるで、「忘れてはいけない何か」を、無意識が探しているような感覚。
哲人はベッドから起き上がり、静かに居住区を出た。
⸻
通路は静まり返っている。
機関音も、振動も、いつもと同じ――のはずだった。
「……あれ?」
一瞬、床がわずかに脈打ったように感じた。
錯覚だと思おうとした、その時。
「眠れない?」
背後から声がした。
振り返ると、マリアが立っていた。
白衣の上からブランケットを羽織り、少しだけ疲れた表情をしている。
「マリアさん」
「そっちこそ、起きてて大丈夫なんですか」
「ええ。ちょっと……ね」
彼女は、言葉を濁した。
その仕草だけで、哲人は察する。
「星舟、何かありました?」
マリアは一瞬だけ迷い、そして小さく頷いた。
「異常じゃないわ」
「でも、“変化”はある」
「変化?」
「船が、何かを思い出そうとしているみたい」
哲人は、息を呑んだ。
「……それ、俺も感じました」
マリアが、わずかに目を見開く。
「やっぱり」
「あなたも、か」
「説明できないんですけど」
「胸の奥が、ざわざわして……」
マリアは静かに微笑んだ。
「それでいいわ」
「理屈より、感覚の方が正しい時もある」
哲人は、少しだけ安心した。
「憂には?」
「まだ話していない」
「今は、知らない方がいい」
二人の視線が、同時に居住区の奥へ向かう。
眠る少女は、何も知らず、穏やかな表情のままだ。
「……守ります」
哲人は、思わずそう口にしていた。
マリアは、何も言わずに頷く。
「ええ」
「そのつもりで、ここにいる」
⸻
その頃、星舟の深層部。
通常のアクセスでは辿り着けない領域で、
ひとつの古いログが、静かに再起動を始めていた。
表示されるのは、短い断片的な記録。
【座標一致】
【封印領域:未照合】
【名称:――――――】
最後の項目だけが、欠落している。
星舟は、まだ思い出しきれない。
だが確かに、何かがそこにあると理解し始めていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




