思い出す為の予兆
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
星舟ノア・レムリアの内部は、相変わらず静かだった。
だが、その静けさの質が、わずかに変わり始めていた。
「……おかしいわね」
ブリッジで、マリアが眉をひそめる。
彼女の指先が、コンソール上をゆっくりと滑った。
「数値は正常ですか?」
ルシアンが視線を向ける。
「ええ。動力、航行、シールド、全部“正常”」
「でも……」
マリアは、言葉を選ぶように一瞬だけ黙った。
「星舟が、反応している」
「反応?」
「ええ。外部からの刺激じゃないわ。
内部――もっと言えば、船そのものが、何かを“感知”している感じ」
ルシアンは腕を組む。
この船は、単なる機械ではない。
レムリアの叡智が詰め込まれた、半ば“意志”を持つ存在だ。
「座標は?」
「変化なし。
でも……この航路、以前にも通ったことがあるわ」
「いつだ」
マリアは、少し考えてから答えた。
「記録上は存在しない時期。
それでも、船は“覚えている”みたい」
ブリッジの照明が、ほんの一瞬だけ、淡く揺れた。
警報は鳴らない。
異常表示も出ない。
それでも、空気がわずかに張り詰める。
「……哲人たちには?」
「まだ知らせない方がいいと思います」
「今は、休ませるべきです」
ルシアンは小さく頷いた。
「船が何かを思い出そうとしているなら、無理に触るな」
「目を離さず、静観だ」
「了解」
星舟は、何も語らない。
ただ、深層で眠っていた記憶が、かすかに軋むような感触だけが残った。
⸻
一方、その頃。
地上のどこか。
正確な場所は、意図的に記録から消されている。
薄暗い空間で、複数の影が揺れていた。
壁に刻まれた紋様は古く、だが確実に“今”へと続いている。
「……星は、再び動き出した」
低い声が響く。
別の影が、くぐもった笑いを漏らした。
「早すぎるな。まだ器は整っていない」
「構わん」
「動き出した以上、止まることはない」
中央に立つ影――ナイは、ゆっくりと頭を上げた。
「船も、少女も、少年も」
「すべては“回収”のためにある」
誰かが問いかける。
「次の一手は?」
ナイは、まるで既に答えを知っているかのように、即座に告げた。
「直接は動かない」
「“気づかせる”だけでいい」
「何に?」
「彼ら自身にだ」
「自分たちが、どこへ向かっているのかを」
闇の中で、紋様が淡く脈打つ。
それは祈りにも、呪いにも似ていた。
「星舟は、嘘をつかない」
「記憶は、必ず表に出る」
ナイは微笑む。
その笑みは、どこまでも人間的で、どこまでも不気味だった。
⸻
星舟ノア・レムリアは、変わらぬ速度で航行を続けている。
だが、水面下では、確実に何かが動き始めていた。
それは戦いの始まりではない。
もっと静かで、もっと避けがたい――
“思い出す”ための、予兆だった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




